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020:2005年度 第12回 2006年3月25日開催

BEAT 特別セミナー 研究成果報告会
「おやこ de サイエンス」そのインパクト

0. 趣旨説明

「おやこdeサイエンス」は、親子で理科を学ぶことができる教材です。今回の学習内容は「光」です。3週間にわたって不思議な実験を何度も繰り返し、なかなか理解が難しいと言われている「光」をマスターします。
「おやこdeサイエンス」での学習には、ケータイを使います。各実験の終了後に、子どもは「レベルアップクイズ」にケータイでチャレンジします。その結果は、保護者のケータイにメールで通知されます。ケータイは、保護者が子どもの学習に関与するきっかけを提供します。
本報告会では、「おやこdeサイエンス」を通して、親子がどの程度「光」を理解できたのか? ケータイでの学習効果はどの程度あったのか? 親子間の信頼度はどのように変わったのか?などについて、豊富な統計データをもとに報告されました。

最初に東京大学の中原淳氏から、「おやこdeサイエンス」プロジェクトについての説明がありました。

1.「おやこdeサイエンス」とは?

「おやこ de サイエンス」そのインパクト 「おやこdeサイエンス」は、親子で一緒に自宅で取り組むことのできる、理科実験を中心とした3週間のプログラムである。このプログラムを行う際に、携帯電話を「学習の道具」として親子で利用するところが特徴である。子どもは3週間の間、理科の実験をし、その間、携帯電話はインタラクティブなデジタル参考書として機能する。また、子どもが得意な部分、苦手な部分、指導のポイントといった学習の状況が親の携帯電話に届けられる。それをきっかけに親子のコミュニケーションを深めることがねらいである。
プログラムの最初に、子どもには携帯電話の使い方を指導した上で、携帯電話に加えて実験に必要な教材が配布される。子どもは携帯電話の画面を見ながら実験を進める。子どもは、予想される実験の結果を携帯電話に入力してから実験を行う。予想が当たっていたか、外れていたかによって、親の携帯電話にその結果とともに、指導のポイントが配信される。

1.1. なぜ「おやこdeサイエンス」なのか?

現在携帯電話の所有率は、小学校高学年で20%程度と、普及が進んでいる。しかし、小学生が携帯電話を持つことについて、マスメディア等では出会い系、アダルト、薬物といった「負の部分」ばかりが取り上げられる。それに対して「おやこdeサイエンス」プロジェクトでは携帯電話を学習のツールとして有効に活用できないかと考えた。
また、日本では科学離れが進行しており、科学への学習意欲が国際平均よりもはるかに低い。科学の学習意欲の向上させるための工夫が必要である。
最後に、「親力」である。昨今、親と子は、忙しかったり、きっかけがなかったりなどで、コミュニケーションが取りにくくなってきている。親力を発揮するためのきっかけを提供する必要がある。これらを実現するために「おやこdeサイエンス」プロジェクトを提案した。

1.2. 3週間何をするのか?

今回扱ったのは、小学校3年生の「光」の単元である。子どもは強力な思いこみである素朴概念を持っている。ものが見えるのは目から光が出て、ものが見えている、といった思いこみである。この思いこみを実験を繰り返させることによって変容させる。一方的な教え込みでは素朴概念を変容させるのは困難である。

1.3. なぜ、「親と一緒」なのか?

子どもの学習に親が関与することの効果は科学的に実証されている。たとえば、親の声かけと教材の理解度、親子の会話量と子どもの成績、親に勉強を見てもらう量と子どもの成績などに相関を見ることができる。「おやこdeサイエンス」は親を、「子どもの学習を励ます人」、「学習の話を聞く人」、「いっしょに学ぶ人」になるきっかけ作りをすることをねらった。実は、携帯電話を参考書代わりにすると述べたが、それはあまり重要ではなく、それによって親子のコミュニケーションが発生することが重要である。携帯電話を学習のツールにする試みは多数あるが、親子の関与を引き出すツールとする試みは初めてである。

1.4.「おやこdeサイエンス」の進め方

「おやこdeサイエンス」の一番最初は参加者全員で実験を行うことから始める。ここでは、携帯電話の使い方や実験教材の配布を行うなどのオリエンテーションを行うと同時に、これから学ぶべき内容を提示する。その後、各自の家庭で子どもが自ら実験を行う。また、週末には親子で実験を行うことによって、さらに親の関与を深める。実験をしただけでは学習した内容が定着しないので、実験を行う前に結果の予想、実験の後には解説とレベルアップクイズを提示する。これらを繰り返し、最後には修了証が手渡される。以上によって、親子の関与を引き出し、素朴概念の変容を促そうと試みた。

2. おやこdeサイエンス:その学びの実態に迫る

続いて、神戸大学の望月俊男氏から、親と子どもの参加実態、そして親密度・信頼度についての報告がありました。

「おやこdeサイエンス」の期間中は、親子同士が集まるのは最初と最後だけで、間は各家庭でプロジェクトは進行しました。その間何が起きていたかを知るためのデータからわかることについて報告をする。

2.1.「おやこdeサイエンス」ケータイサイトへのアクセス数

望月俊男 「おやこdeサイエンス」ケータイサイトへのアクセスのログを見てみると、初日は物珍しさからアクセス数が多かった。その後、60名の参加者が1日1回程度アクセスをしたことを示すように、50から100アクセスの間で推移している。週末になると親のアクセスが増えることがわかる。アクセス数の推移は把握できるが、単純なアクセス数では、親子の間で何があったか、どのコンテンツが役に立ったのかなどは知ることができない。そこで、参加した親子にはアンケートに答えていただいた。

2.2. 子どもはどのように取り組み、学んだか?

「おやこdeサイエンス」のコンテンツには、実験結果を予想する「予想してみよう」、他の子どもの予想を見て自分の予想を再考する「みんなの予想」、実験方法が記述されている「実けんしてみよう」、実験の映像が見られる「実けんビデオ」のコーナーがある。これらの閲覧と活用の状況について、質問紙調査を行った。その結果わかったことは、実験の予想には7割の子どもが取り組んでおり、ケータイサイトの手順を見ながら実験をしたといったことである。
また、実験後に見る「みんなのけっか」、結果の解説をビデオでする「実けんけっかビデオ」、結果の解説を記述した「実けんかいせつ」、理解度を確認する「レベルアップクイズ」、他の子どものクイズ解答状況を閲覧できる「みんなのクイズけっか」の利用状況を見ると、多くの子どもは他の実験結果を見てリフレクションをしたこと、実験の解説とクイズで理解をできていたということが期待される。
こうした実験に携帯電話を用いながら参加したことにより、光についてどの程度理解でき、新しい発見があったかについて尋ねたところ、光の実験を通して新しい発見ができた、携帯電話があったために学習が継続できた、あるいはスムーズにできたという点に肯定的な回答が多かった。親からの評価も8割程度から肯定的な意見を得られた。

2.3. 親はどのように子どもに接していたか?

望月俊男 親は、平日の実験とクイズ、週末クイズでは子どもを励ましたり話を聞いたりすることが多く、週末のおやこde実験ではそれに加えて一緒に取り組むことも多くなった。平日は忙しいので一緒に取り組むことはできなかったとしても、励ましたり話を聞いたりするといったことが促進された。また、週末では親子で実験を行うことが実現したと言える。親の携帯電話に子どもの学習状況のメールが来た場合の反応については、多くの親が子どもの学習状況を把握できた、子どもの話を聞いた、自分も光について考えたと回答した。

2.4. 親子の関係は変わったか?

子どもの親に対する親和性を測るために、森下(1981)が提唱した17項目の質問によって、親子の情緒的な結びつきの強さを表す親密さ、子どもが親のようになりたいと思うかどうか表す同一視、親が頼りになるかどうかを表す信頼性について、「おやこdeサイエンス」の前後でどのように変化したかを比較してみた。その結果、親密さと信頼性については、有意に向上したことがわかった。

2.5. まとめ

以上の結果から言えることは、

  • 親子共々ケータイサイトへアクセスをコンスタントにしていた
  • 携帯電話が子どもにとって学習のツールとして、親にとって指導支援ツールとして有効に機能した
  • 週末は親も一緒に実験をした
  • 親はメールが来ることで子どもの学習状況を把握し、子どもに声をかけるきっかけにした

ということである。また、「おやこdeサイエンス」は親子の情緒的な結びつきと信頼度を向上させていた。

3. 教育効果その1:子どもたち

山口悦司 次に、宮崎大学の山口悦司氏から、子どもたちの教育効果についての報告がありました。

先に望月氏から発表があったように、参加してくれた親子は、開発チームの期待通りに、家庭で実験したりケータイを利用したりするという行動をとっていた。では、教育効果は本当にあったのか。これについて、子どもたちは光を理解できていたのか、という教育効果について説明する。

3.1. 子どもたちは、光を理解できるようになったか?

テストの総合結果は、学習前と後で150%の上昇を見せた。
Osborne & Freyberg(1985)のろうそく問題というのがある。これは、ろうそくから出ている光の進み方について、昼の場合と夜の場合の両方をたずねる問題である。昼でも夜でも光の性質は変わらないから、光の進み方も変わらない。しかしながら、夜は周囲が暗いために光の進み方を直接観察することができるが、昼は周囲が明るいために光の進み方を観察することができない。そのために、「昼でも夜でも光は何かにあたるまでずっと進んでいる」という理解に到達することが難しい。「おやこdeサイエンス」では、懐中電灯の間に白い紙を入れて照らしてみる実験、明るいところで懐中電灯の光を壁に当ててみる実験・クイズをカリキュラムに埋め込んで、子どもたちが科学的に妥当な理解に到達することを支援した。ろうそく問題の学習前と学習後のテスト結果を見てみると、学習前では40%強の子どもたちしか昼と夜の両方を正解できていなかったが、学習後では70%以上の子どもたちが正解できていた。これは、160%の上昇率である。

「おやこdeサイエンス」は締めくくりとして、光の性質や原理を応用して、カメラや望遠鏡などのモノづくりを行う。テストには、カメラの仕組みを絵や文章で説明させる問題を用意していた。カメラの仕組みでキーとなるのは像と光の関係、像がスクリーンにさかさまに映ることである。学習の前では像と光について記述できた子どもは20%程度、さかさまの像について記述できた子どもも20%程度であったが、学習後には前者が60%強、後者が50%強と、それぞれ309%と272%の伸びを見せた。子どもたちが「おやこdeサイエンス」で学んだ知識が「使える知識」になっていた結果である。

3.2. ケータイは、子どもたちの理解の深まりに寄与していたか?

携帯電話は親子の会話のきっかけとなり、それが子どもたちの教育効果につながっていると考えられる。先の望月氏の発表にあったように、ケータイは子どもの学習状況の把握、会話のきっかけになっていた。3週間の期間の前後では、理科の勉強のことを話している親子が有意に上昇した。理科の勉強について話すことと、子どもたちのテスト結果との間には、多少弱いが統計的に意味のある相関が見出された。
「おやこdeサイエンス」に参加した子どもは、最初は光の概念をそれほど理解していなかったが、3週間後には適切に理解できるようになった。また、ケータイは親子の会話を支援し、子どもたちの理解の深まりに寄与していた可能性が明らかになった。

4. 教育効果その2:親たち

西森年寿 次に、メディア教育開発センターの西森年寿氏から、親への教育の効果についての報告がありました。

親への教育効果とは、親に対してどれだけの教育効果があったかということである。「おやこdeサイエンス」に参加した親には、子どもと同じテストを受けてもらった。「おやこdeサイエンス」では、これまで述べてこられたように、子どもの教育と親子のコミュニケーションの促進を図ってきたが、同時に、これは親自身にとっての学習の機会でもあった。

4.1. 親の成績は伸びたか?

親の成績については、学習前はテスト全体で50%強の正答率であったが、教育後では60%強であった。これは統計上有意な上昇である。また個別の問題の結果を見ると、山口氏の話に出たろうそくの問題についても子どもと同様、親も正答率が上昇している。カメラの原理を表現する問題でも、子どもほどの上昇ではないが、親にも上昇が見られる。その他、真っ暗な部屋ではものが全く見えないということを問う、暗闇問題の例をあげると、真っ暗な場所でも何となくものが見える気がする、という素朴概念は学習後に取り払われ、子どもは正答率が大幅に上昇した。親については、やや上昇する。総じて、親の場合は始めからそれなりに成績がよかったが、プログラム後さらに正解率が増加している。

4.2. 実験に対する意識の変化

実験に対する意識を、アンケートによって事前と事後で比較すると、実験をすることによって知識を得られるという実験と体系的知識の間の結びつき、実験で現象や自らの知識を確かめようとする主体性、また、実験は身の回りのものでできるという実験に対する親近感が向上していることが確認できた。

4.3. まとめ

「おやこdeサイエンス」に参加した親たちは子どもほどではないにしても学習の効果が見られた。また、実験に対する意識の変化が見られた。これは、「おやこdeサイエンス」が親にとっても学習の機会となりえたということである。さらにいえば、この親の変化とは、3週間プログラムを超えて、子どもにとってより持続性のある学習環境の変化につながったのではと期待している。

5.「おやこdeサイエンス」のまとめ

「おやこ de サイエンス」そのインパクト 最後に、再び中原氏に、「おやこdeサイエンス」についてまとめていただきました。

今回の内容は速報的な内容で、今後も得られたデータをさらに分析する必要がある。実験的な試みであり、まだまだ粗い部分もあるのでこのまま実用化されるわけではない。しかしながら「おやこdeサイエンス」のキーとなる「親を支援する」というアイデアは以下のように多くのことを暗示している。

  • 親を支援することによって、子どもの学習と共に親の学習も促進される
    親の教育歴で子どもの教育が決定されるということは盛んに言われていることである。つまり、親の文化資本の再生産である。
  • 親子の親密度の向上
    緊密なコミュニケーションの中で、家庭に学ぶという文化を実現できるかもしれない。
  • 最後に親子の信頼関係が強まる可能性
    これは副次的なものであるが、決して悪いものではない。「おやこdeサイエンス」は携帯電話によって共に学び合う親子を実現する一歩である。

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