UTalk / 演劇を学問するとは?ーポストドラマ演劇から考えるー

針貝 真理子

総合文化研究科 准教授

第216回

演劇を学問するとは?ーポストドラマ演劇から考えるー

4月のUTalkは演劇学がご専門の針貝真理子さん(大学院総合文化研究科 超域文化科学専攻 准教授)をお迎えします。2026年現在の日本国内を見渡すだけでも、歌舞伎や能・狂言から新劇、ミュージカル、そして2.5次元舞台と、幅広いジャンルの演劇作品が上演されていますが、針貝さんが主な研究対象としているのがドイツ語圏の「ポストドラマ演劇」。学生時代は演劇に興味がなかった針貝さんが「こういうのも演劇なんだ!」と気づくきっかけになった演劇のあたらしい見方です。では針貝さんはどのように演劇を”学問”しているのでしょうか?ポストドラマ演劇の作品群についてお話しいただきながら、戯曲の分析や作品の批評と も異なる「演劇学」の世界をのぞいてみませんか。普段劇場に足を運ばれる方はもちろん、演劇が苦手…という方こそ、新たな発見があるかもしれません。

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本日は、総合文化研究科より針貝真理子さんをお迎えして、ポストドラマ演劇という新たな演劇観についてお話しいただきました。今回はカフェのテーブルにスクリーンを設置し、映像資料を交えながらのトークが行われたため、いつもよりもアーティスティックな空間になりました。

針貝さんのご専門は演劇学およびドイツ文学・思想であり、大学での授業や研究の一方、ドラマトゥルクとして作品作りにも携わっておられます。ドラマトゥルクとは、演劇に専門の知識を持ちながら、役者や監督、過去と現在、演劇制作側と観客など、作品に関する色々なものの間に入って関係を繋ぐ役回りのことです。 会が始まると早速、針貝さんがドラマトゥルクとして制作に携わった作品を鑑賞しました。ドイツでパフォーマンスアートの活動をされている女性の自伝的な作品とのことですが、その女性パフォーマーの身体が中心となるのは冒頭と最後だけで、それ以外は彼女に似ている人形と、パフォーマーが手にする光が舞台空間全体に投影する影の動きを追っていく構造になっています。等身大の人間同士として接する世界と、そこだけでは見えてこない内面世界を表現していると、針貝さんは話します。針貝さんは、この作品ではドラマトゥルクとして、彼女の相談相手になることや作品の枠組みを作る手伝いを行ったといいます。

さて、現在ではこのように演劇に深く関わっておられる針貝さんですが、実は幼少期には演劇に苦手なイメージをもっていたそうです。演劇の本格的な出会いは、ドイツ文学科の演劇学の授業を受けた大学時代でした。そして大学卒業後には、ドイツに留学しベルリン自由大学演劇学研究所で演劇学を専門的に学ぶことになります。 もともと演劇に関する学問は、文学や音楽などテクスト研究が中心でした。しかし20世紀に、ラジオや映画などの新しい技術の開発とヨーロッパ外地域の無代芸術の流入など、演劇をとりまく環境が変化していく中で、新しい演劇の形が生まれるようになります。演劇界の新しい波と時を同じくして、ドイツにおいて、文学研究と袂を分つ形で演劇学は始まったのです。 本トークのキーワードである「ポストドラマ演劇」とは演劇学の創始のあと、1999年にレーマンが提唱したあらたな演劇の傾向を指します。従来の演劇とされるドラマ演劇が「劇作家が描いた起承転結の流れがあるプロットにそって、プロの俳優がそれぞれ個性のあるキャラクターを演じ、観客は作り出されるフィクションの世界に入り込んでいく」という構造をとるのに対し、ポストドラマ演劇は、そのドラマ演劇では捉え切らない作品を評価するための軸を提供します。針貝さんは、ポストドラマ演劇にはフィクションとリアルの2面生が常に存在していると話します。生身の人間の中にある葛藤や、その都度ごとの自己の変容というリアルさをポストドラマ演劇の演劇観では捉えているのです。 最後に「お前のエゴを捨てちまえ」というポストドラマ演劇の実例の鑑賞も行いました。一般に、舞台演劇では、観客と演者の間に見えない「第四の壁」があると言われるのですが、この作品では観客と演者を分ける壁を物理的に設置し、演劇の全体像が観客からは隠されてしまっています。観客は映像を通して壁の向こう側の演技を鑑賞するのですが、壁の向こう側にいた俳優が観客の前にときおり生身で現れるという演出がおこなわれます。映像を通して俳優を見ることと、生身の人間として見ることの落差をコミカルな形で描き出している、と針貝さんはこの作品の面白さを語りました。

針貝さんが、演劇とは単にメディアアートではなくて、「生身の人と人が集う場が演劇である」と、リアルな人間のつながりを演劇学のコアだと考えていることが、より印象的に感じました。 素晴らしいお話をしてくださった針貝真理子さん、ご参加されたみなさんありがとうございました。

[アシスタント 川俣 愛]