UTalk / テクノロジーとオリエント——東洋思想は何度〝発見〟されるのか

伊勢 康平

東洋文化研究所 特任研究員

第219回

テクノロジーとオリエント——東洋思想は何度〝発見〟されるのか

7月のUTalkでは、現代中国哲学を専門とする伊勢康平さん(東洋文化研究所・特任研究員)をお迎えします。 AIをはじめとする新しいテクノロジーは、私たちの生活や社会のあり方を大きく変えつつあります。それに伴い、こうした最先端の科学やテクノロジーを、東洋の伝統的な思想の言葉で捉えようとする試みも、注目を集めるようになりました。科学やテクノロジーの知見を仏教や道家思想などに結びつける議論は、じつは100年以上前からさまざまな形で繰り返しあらわれてきました。一見相容れないはずの両者をつなぎあわせるそれらの試みには、はたしてどんな意義や可能性、あるいは限界があるのでしょうか。 伊勢さんは、中国の思想家や井筒俊彦といった東洋思想の研究に取り組むとともに、「宇宙技芸」という技術論を展開する香港出身の哲学者ユク・ホイの翻訳も多数手がけてきました。 今回のUTalkではこうした「科学技術と東洋思想の融合」をめぐってお話しいただきます。科学技術の発展と東洋思想はどのように関係してきたのか、そして現代ではどのような関係がありうるのか。伊勢さんとともに考えてみませんか。ご参加をお待ちしています。

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最先端の科学技術と、アジア諸国の伝統的な思想を関連付ける言説は、意外にも現代社会にたくさん存在するようです。たとえば、スティーブ・ジョブズは無駄をなくすことを是とする禅の思想に共鳴したことで、アップル社製品のシンプルなデザインをもたらしたといったものがあります。科学・技術と東洋思想が交わることで、新しい価値観が生まれたり発想の転換につながったりすることはあるのでしょうか。7月のUTalkでは、現代中国哲学を研究する伊勢康平さんをお迎えし、科学やテクノロジーと東洋思想を関連付ける言説を紐解きました。

現代物理学と東洋思想を結びつけた最初期の人物に、「原爆の父」オッペンハイマーがいます。オッペンハイマーは、原子物理学における発見によって示された考えは前例のないものではなく、むしろ仏教思想やインド思想の中心にあったものだという趣旨の記述を残しているそうです。ノーベル賞を受賞した理論物理学者・湯川秀樹も、素粒子の衝突を中国の『荘子』に収められた「渾沌」の寓話になぞらえています。中国哲学の渾沌(=カオス)に対する視座を、素粒子の世界に見出したのです。このように、最先端の科学を牽引してきた科学者たちの中にも東洋思想に影響を受けた人々が多数存在していました。原子核や素粒子といった目に見えないものを扱う理論物理学の世界観と、東洋の思想の世界観には、不思議と似通っているところがあるようです。

しかし、伊勢さんは、この「類似」こそが、両者が異なるものである証左だと指摘します。同じもの同士は「似ている」とは言えないので、類似が成り立つためには、両者が別のものである必要があるのです。 そもそも、古代中国の宇宙観では、大地もその上の天も平面の固体であると考えられていたなど、現代の物理学とは全く異なる部分がほとんどです。にもかかわらず現代物理学の比喩として用いられることは、中国思想の観点から見れば、現代的な科学技術の思想にフィットする一部分だけを切り取られて、つまみ食いされているようなものとも捉えられます。

現代でも、東洋の伝統的な思想や価値観を科学技術に応用しようとする試みは続いています。伊勢さんはいくつかの例を紹介してくださいました。たとえば、昨年開催された大阪・関西万博の落合陽一氏のパビリオン《null2》。「計算機の発達により、デジタル機器が織りなす環境と自然環境との境界は区別がつかなくなり、やがて両者は一体になっていく」という思想に基づいた展示で、その根幹にある「デジタルネイチャー」という概念は、万物の一体性を説く東洋的な思想を「比喩」として使うことで、自動でデータを処理し、生成するAIのテクノロジーの境界のなさを表現しています。 また、比喩にもとづかない関係を模索した一例として、伊勢さんは中国の人工衛星や弾道ミサイルの開発を先導したシステム理論学者・銭学森を挙げています。銭は晩年に、人工知能や計算機の性能の飛躍的な向上には人間の知能に特有な「霊感」と身体に宿る「気功」を組み込むことが必要になると考え、それらを科学的に解明し、システムに実装することに精力を傾けました。この試みは成功せず、疑似科学というべきものに終わりましたが、一国の発展に貢献した第一線の科学者もまた、東洋思想を科学技術に応用しようと考えたのです。しかしその失敗は、ただ直接的に両者を融合させればいいわけでもないことを示していると伊勢さんは語ります。 思想家の側もまた、仏教のような東洋の思想がいかに科学的であるかを力説し、ときにその研究を推進してきました。仏教に対する科学的アプローチを支援するダライ・ラマ14世の研究基金はその一例です。 その一方で、東洋の思想が一種のインスピレーションとして機能する場合もあります。たとえば、フランシスコ・ヴァレラは、認知科学という分野における行為や身体の重要性に注目し、「エナクティヴ・アプローチ」という方法を提唱しました。そしてその元々のモチベーションには、仏教の「中観派」の思想があったそうです。このように東洋思想が科学技術に新しい価値観をもたらしたり、両者がともに変化したりながらより豊かな方向に発展していけばよいですが、実際には、科学技術の側からは既存の知見を彩る「比喩」として利用され、東洋思想の側からは、現代の科学的な社会の中での存在意義を証明しようとする生存戦略として、両者の親和性が語られる面が少なからずあります。一見関係がなさそうに見えた科学技術と東洋思想の世界は、実は「両者に本当の交わりがない」からこそ「いくらでも似せられる」という、類似と比喩を介した深い繋がりがあり、それは上記のような非対称な関係性をもたらしうると伊勢さんは指摘します。

 今回のUTalkは定員を超えるお申し込みを頂き、参加者の皆様からも非常に多くの質問があがりました。伊勢さんがこの研究を始められた原点は、少なくとも日本では、東洋思想が、西洋哲学のように時代が下るにつれて次々と新しい人が出てくるというものではなく、「ずっと同じ人」の思想が続いているかのように見えている状況に問題意識を持ったことだったそうです。参加者の皆さんも、自分の興味関心や身の回りのことに引き付けて考えておられる様子でした。短い時間で深い話題を提供してくださった伊勢さん、ご参加いただいた皆様、ありがとうございました。

[マネージャー 加藤千遥]