UTalk / 生命現象と増える粒子の物理学

苅田 裕也

理学系研究科 助教

第215回

生命現象と増える粒子の物理学

2月のUTalkでは微生物の集団動態を専門とする苅田裕也さん(理学系研究科物理学専攻 助教)をお迎えします。自己複製―自分をコピーして増えること―は生命の重要な性質です。苅田さんは、バクテリア集団を髪の毛ほどの太さの容器に閉じ込め、バクテリアが「増え」「拡がる」ことで空間を埋め尽くす様子を調べています。ある観察結果は、バクテリアの種類などによらず、増え拡がるという性質だけで説明できるそうです。こうして得られた知見は、感染症やがん細胞など、増え拡がる性質を持つ他の集団にも応用できるはずです。このように「生物物理学」では、生命の基本的性質から生命現象を理解する試みが行われてきました。カフェでお茶をしながら、生物物理学の世界をのぞいてみましょう。 みなさまのご参加をお待ちしております。

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今回のUTalkは、理学系研究科物理学専攻の助教、苅田裕也さんをゲストにお迎えし、微生物が「増えること」「変わること」「拡がること」という三つの性質について、物理学の視点から解き明かす「生命現象と増える粒子の物理学」をテーマとした刺激的な時間となりました。

 生命とは何か?生物への定義は様々あります。定義を与える仕方のうちの一つに、生命に共通する特徴を列挙することがあります。このような仕方であげられる生物の重要な定義的な特徴に、自己複製などをして子孫を残していくという性質、つまり「増えること」が挙げられます。生命の重要な性質が「増えること」であったとすると、このことは別のより大きな問いを問いかけます。「増える」物体があったとき、その物体はどのような性質を持つのか?   幼少期から生命に漠然と興味のあった苅田さんですが、現在の研究につながる興味は物理学に根ざすようです。「増えること」への興味が苅田さんの現在の微生物の研究を突き動かす根本的なものだと言います。物理学を志していた苅田さんは、もしこの世に「増える」粒子が存在すればそれを研究したかったが、そのような都合のよいものは生物以外になかったために、生物を研究することになったと言います。

 このような「増えること」は、基本的には指数関数的な増加として理解されます。そして「増えること」には「変わること」と「拡がること」が関わります。「変わること」、すなわち変異は、遺伝子の複製の際に、生じるエラーのことをいいます。もしこの変異が環境に適したものであった場合、この変異によって獲得された性質は後世に継承され、進化となります。このように「増えること」は変異や進化が関わります。また、一定数増えた生物は、拡がります。すなわち空間的に拡散していきます。このような「増えること」に関わる事情は、理論的には、増殖や資源の枯渇といった条件に、さらに拡散や進化といった条件を加えた数理モデルによって記述できます。

 しかし、苅田さんの研究の中心は理論ではなく実験にあります。苅田さんはショウジョウバエの腸内の構造に似せたマイクロ流路の写真を持ち出して、微生物を養う環境、「髪の毛ほど」の小さな環境で行われる実験の説明をしました。そして、酵母やバクテリアの世代交代とそこに見られる変異、環境によって拡散のあり方が変わる様子、複雑なギザギザとしたグラデーションの模様などの具体的な実験の例が共有されました。    興味深いのは、このような実験で見られる拡散の性質は、生物固有の議論に立ち入ることなく、増えるもの一般の性質から導き出されるということです。密度が高いところから密度が低いところにジワリと広がっていく様子は、増えるもの一般の性質を考慮するだけで数式にすることができるそうです。  以上のような物理学的な興味、「増えること」一般に興味を持ちアメリカの大学院で研究していた苅田さんですが、最近は生命、特にその「膜」や土の中での「増え」方にも興味を持ちはじめ、ドイツの研究所でも研究を進められたとのことです。アメリカ、ドイツでの研究生活を振り返って、国というよりも研究機関によって研究のあり方が異なること、優劣というよりも研究機関によってそれぞれ得意な研究の分野があること、日本の食生活の方が健康に感じることなど感想を共有しました。

 このような「増えること」に関わる研究は現実の社会にも大きく関わると言います。特定の生物の研究ではなく、「増えること」一般であるため、増えるものの性質に関わらずその研究内容を応用することができるからです。その一例として、薬剤耐性を持つがん細胞がどのように増えるかを、「増えるものの理論」に基づいてシミュレーションしたものを共有してくれました。また、コロナのパンデミックについても増えること、拡がることに関わる以上、シミュレーションが可能だそうです。ある最近の研究では、各都市の感染者数のデータから、人の動きとそこから生じた拡がりが理解でき、それによって得られた情報から将来のパンデミックがどのような拡がりを見せるのか、予測できる可能性があるとのことです。

 質疑応答は、コロナ禍など社会現象に関わるものから、実験の仔細に関わるものまで多岐に渡りました。今回の対話を通じて、微生物から社会現象までを貫く「増える粒子の論理」を感じ取りました。私たちの生もまた、大きな数理モデルの一部なのだという不思議な余韻が残るひとときでした。苅田さん、そして参加者の皆様、ありがとうございました。

[アシスタント 乾 将崇]