教養学部附属教養教育高度化機構 特任講師
第213回
今回のUTalkは司法福祉がご専門の山岡あゆちさん(教養学部附属教養教育高度化機構 社会連携部門 特任講師)をお迎えします。山岡さんは法務省で受刑者に関わった経験をもとに、受刑者の就労について研究をなさっています。犯罪が起きたとき、私たちは自分がその被害者ではなくともなぜ犯罪者に対して〈罰〉を強く求めることがあるのでしょうか。あるいは、なぜ〈罰以外の可能性〉を考えにくいのでしょうか。「犯罪をどう扱うかを考えることは、自分たちの社会がどうありたいかを考えること」と語る山岡さん。罪を犯すことは私たちの日常から遠く離れた行為なのか。罪を犯す理由を個人の責任に帰す社会で良いのか。犯罪者の社会復帰はどうあるべきかーー容易に答えの出ない問いですが、山岡さんと一緒に少しだけ考えてみませんか。皆さんのご参加をお待ちしております。
今回のUTalkは、非行少年や受刑者と面接し「なぜこのような犯罪に至ってしまうのか」を分析してきた山岡さんの視点を通じて、犯罪の背後にある社会の構造と「加害者」と呼ばれる人の実像を考える時間となりました。
イベント冒頭、山岡さんから参加者に向けて「どんな人たちが刑務所にいると思いますか?」という問いが投げかけられました。参加者からは「高齢者」「障害のある方」「孤独だった人」「経済的に困窮している人」などのイメージが挙げられ、「異質な存在」というよりも「自分の延長にいる人」だという感覚が浮かび上がりました。山岡さんによれば、メディアで凶悪犯罪の報道が取り上げられる影響もあり、「怖い」「刑務所にいる人=自分とは全く異質の存在」といったイメージが出てくることも多いそうです。
日本の司法には「複数ある選択肢の中で犯罪行動を選んだ以上、その責任を問う」という考え方があります。このような合理的な人間モデルは果たして妥当なのか、そもそもその人たちに「犯罪以外の選択肢」は本当に用意されていたのでしょうか。実際、刑務所にはどのような人々がいるのでしょう。山岡さんは、日本の犯罪件数は20年前のピーク時から下がり続けているが、その中で「高齢者」の割合は増えているといいます。特に刑務所にいる女性の約5割、男性の約3割強が窃盗で、万引きのしめる割合も多く、背景には認知症による影響や、路上生活で食べ物がないといった「生きるための選択」としての犯罪も含まれている実態があるようです。
また受刑者の中には「小児期の逆境体験(ACEs)」を抱える人が少なくありません。虐待などの重いトラウマを抱えた人々は、トラウマ反応としてフラッシュバック等の苦しみから逃れるために薬物に依存したり、社会への不信感から攻撃的になったりすることがあります。「多くは自分の中にあるトラウマから自分を守ることで精いっぱい。自分を大事にされてこなかった人が、他者を大事にする感覚を持つのは非常に難しい。」と山岡さんは語ります。このような実情を踏まえ、近年では、厳しい罰で押さえつけるのではなく、トラウマがあることを前提にケアを行う「トラウマインフォームドケア」という視点が重視され始めています。もっとも、トラウマの専門的なケアには10年単位の長い時間が必要であり、現状の入所期間では十分な対応が難しいという課題もあるそうです。
2025年、刑務所の仕組みは、これまでの刑務作業中心の「懲役刑」から個人の特性に応じた指導を行う「拘禁刑」へと変わりました。刑務所には、知的制約(境界知能)がありながら適切な支援を受けられずにきた人や、認知症患者など、これまでの刑罰の論理だけでは捉えきれない人々も多くいます。たとえば「境界知能」の人々は、一見して障害が分かりにくいために周囲から「なぜできないのか」と責められ続け、その生きづらさの果てに犯罪という選択肢しか残されていないケースも少なくありません。「拘禁刑」への変化により、そのような人々に寄り添う教育プログラムを行うことが可能になるかが今後注目です。もっとも、社会復帰の壁は依然として高いままです。出所時の所持金は5万円以上持つのは3人に1人。住居も携帯電話も銀行口座も持てないまま、立ち直りを強いられる出所者も少なくないのが実情のようです。
今回のUTalkでは、山岡さんによる質問と参加者による匿名での意見交換を通じて、一人ひとりが自らの持つ「加害者へのイメージ」に向き合いました。参加者の方から多様な意見が出て、その度に新たな視点に気づくことができました。被害者の痛みと加害者が抱えてきた痛み、両者にどう向き合う社会にしたいか。心の中に答えのない問いが残っています。
山岡さん、そして深い洞察を共有してくださった参加者の皆様、誠にありがとうございました。
【アシスタント 鈴木馨子】