グローバル教育センター 助教
第212回
11月のUTalkでは、日本語教育・日本語学を専門とする張未未さん(グローバル教育センター・助教)をお迎えします。私たちが友人や同僚と交わす何気ない雑談。その多くは過去の出来事や体験を語る「小さな物語」からできています。こうした雑談を構成する一つ一つの物語は、日本語の母語話者にとって自然に話すことができる一方、日本語学習者はスムーズに話し始めることが特に難しいと言います。「こんな話があるんだけど」といった明示的な導入を思い浮かべる方も多いかもしれませんが、実際には「あー」「そう」「でも」「なんか」といったさりげない言葉で、会話の流れが自然に物語へとつながっていくことが多く、張さんはそうした言葉が会話の中でどのように働くのか、その仕組みに注目して研究をしてきました。今回のUTalkでは日本語の母語話者と日本語学習者の比較から明らかになった雑談における物語のつくられ方をお話いただきます。普段は意識することがない雑談の技法に触れ、日本語の面白さを体験してみませんか。みなさまのご参加をお待ちしています。
一般に雑談と聞くと、授業や会議、プレゼンなどに比べて気楽で簡単なものという印象がないでしょうか?実際、ほとんどの人は無意識に近い形で、ざっくばらんに話すことができるでしょう。しかし母語話者でない人には、意外と難しい場合があります。「週末の旅行はどうでしたか」「楽しかったです」など教科書的なやりとりはできても、雑談になると何から話し始めればいいのか、どう間を持たせればいいのかと戸惑ってしまうのです。英語を学ぼうとしている方々も、思い当たる節があるかもしれません。中国のご出身である張さんは来日して以来、日本語話者との関わりの中でこうした悩みと向き合ってきました。初めはやはり一問一答に終始しがちで、水のように流れる日本人同士の雑談にはついていけなかったと言います。
このような背景から張さんは、日本語における雑談のつくられ方を研究し、留学生たちへの日本語教育に活かすことを目指しています。具体的には、日本語話者たちのリアルな会話を文字に起こし、話の始め方や展開の仕方、表現の使われ方を追いながら、そのやりとりの仕組みを分析しています。張さんは事例として、友人同士のありふれた雑談を分析する研究を紹介しました。まず雑談の中身として頻繁に登場するのが、過去の体験や例え話といった小さな物語です。一般に物語というのは、「いつ・どこで・誰が・何をしたか・どうなったか」という一連の出来事を時間の流れに沿って語るもので、こうした要素に加えて、話者がそれをどう受け止め、どう意味づけるかという部分も重要だとされています。
雑談における物語は、小説や映画などに比べると、こうした要素や起承転結が綺麗に揃うとは限りません。話の流れや相手の反応といった文脈に左右され、語る順番や、どの部分を膨らませて話すかが、状況によって変わるからです。その中でも特に、どのように切り出して話し始めるのかという点は、ネイティブでない人には掴みにくい部分です。そこで鍵になるのが、話の入り口をつくるための小さな言葉です。例えば「あー」「そう」「でも」「なんか」「実は」「てかさ」といった日常的な言葉が、話し始めの談話標識としてよく見られます。ほとんど無意識に現れるこれらの言葉は、相手の注意を引き、間をつなぐ役割を果たしており、中でも「なんか」は、記憶をたどる途中のあいまいさや、話しながら言葉を探す感じをそのまま示せるため、雑談では特によく使われるとのことです。物語を切り出す理由はさまざまですが、「今の話に少し補足したいとき」や「相手の経験に共感したとき」といったパターンが特に多いそうです。その根底には「自分を知ってほしい」「情報を交換したい」といった素朴なモチベーションがあるでしょう。さらに日本語の雑談では、語り手だけでなく聞き手も、相槌や共感の言葉を頻繁に返しながら物語に参与し、その場で一緒に話を形づくっていくという特徴があります。聞き手のこうした積極的な関わりが、日本語の雑談らしいテンポをつくっています。そうしたやりとりを積み重ねる中で、互いの感じ方や考え方に触れ合い、自分の物事や世界の見方が少し変わる可能性も拓かれます。
今回の質疑応答はまさに雑談と呼ぶに相応しく、留学生の参加者から様々な物語が感想とともに寄せられました。ある方は「確かに日本語は相槌や共感の文化が強いかもしれない」と感じ、それに慣れてから母国へ帰ったところ家族に「日本人みたいだね」と驚かれたそうです。また先述のような談話標識を使いこなせず、どうしても綺麗に話そうとして会話が弾みにくいと語る留学生もいました。しかし実際の日本人同士の会話も思った以上に砕けていると知り、少し肩の力を抜いて話せそうだと振り返っていました。雑談という一見些細な会話にこそ、その言語や話者文化の本質的な特性が宿っているかもしれません。雑談を形づくる小さな物語がどのように語られるのか。その仕組みを知ることで、日本語だけでなく、他の言語を学ぶときにも役立つヒントが得られるでしょう。張さん、そして参加者の皆様、誠にありがとうございました。
[アシスタント 村松光太朗]