UTalk / 「ありのまま」を受け止める―マインドフルネス入門

稲吉玲美

教育学研究科 特任講師

第211回

「ありのまま」を受け止める―マインドフルネス入門

2025年10月のUTalkでは、臨床心理学がご専門の稲吉玲美さん(大学院教育学研究科・特任講師)をお迎えします。マインドフルネスは急速に普及が進んでいる概念で、精神症状および身体疾患に対してもその効果が認められています。現在はスマホアプリなどで手軽に体験できるツールも増えています。 ゲストの稲吉さんは女性の心理的苦痛の支援とマインドフルネスを用いた介入の実践・評価に関する研究を行っています。マインドフルネスで重要なことは良いことも悪いことも「ありのまま」に受け止めることだとおっしゃっています。今回のUTalkではマインドフルネスの考え方を学び、「こうあるべき」という思い込みや執着から距離を取り、ありのままに受け止める方法を探っていきます。マインドフルネスを体験できるミニワークも実施予定です。みなさまのご参加をお待ちしています。

U-Talk Report U-Talk Report

本日は、教育学研究科より稲吉玲美さんをお迎えして、自分の意識を「今この瞬間」に向ける実践——マインドフルネスについて伺いました。稲吉さんは臨床心理士・公認心理師として現場でも活動されており、今回のUTalkではトークだけではなく実際に体験も行われました。

マインドフルネスとは「意図的に、今この瞬間に、価値判断にとらわれず注意を向けることによる気づき」と説明されます。ルーツは仏教にあるとのことですが、現在では宗教色から離れメンタルヘルスに有効なスキルとして確立されています。

まず、稲吉さんが”Mind Full”と”Mindful”についてイラストを用いて説明されました。Mind Fullな状態では公園の中を散歩していても、頭の中が過去や未来の出来事に埋め尽くされているのに対し、Mindfulな状態では「木々が青々として綺麗だなあ」と今この瞬間の風景を味わっています。「もちろん過去や未来を考えることは必要で、常にMind FullをMindfulにすべき、というわけではありません」と稲吉さんはおっしゃいます。ただ、人間は意識しないと自動的にMind Fullな状態になりやすく、そのオートマチック性がメンタルヘルスの分野では問題になることがあります。そこで、「今を受け入れる」ことは難しくとも「今を受け止める」ために、マインドフルネスの実践が1つの手助けとなるのです。

ここで、マインドフルネスの1つ目の体験が行われました。「目の前にあるこれは、みなさんよくご存知ですね」稲吉さんが、手元のドリンクを指しました。「今日は気持ちを切り替えて、目の前のドリンクに初めて出会ったときを考えてみましょう」「まず眺めてみます。色々な角度、表面の感じ、色、光の当たり方による違い…」稲吉さんのガイドのもと、参加者のみなさんがおもむろに自分のドリンクを、眺め、触り、コップごと持ち上げ、鼻に近づけて匂いを嗅ぎ、口に含んでいきます。さて、どのように感じるのでしょうか。実践が終わったみなさんからは「紅茶がこんなにいい香りだったのかと改めて気づいた」「スリランカの紅茶農園に行った時を思い出した」という新しい発見のほかに「実践中も過去や未来のことばかり考えていて、全然Mindfulになれなかった」という声が出ました。「ポイントは、集中できたかどうかではなく、集中しようと思った時に頭の中で何が起こるかに気づけたことです」と稲吉さんは説明します。

では、マインドフルネスはどのように人間に働きかけるのでしょうか。ストレスがかかった時、人間は自動で無意識に反応します。その反応でストレスに適切に対処できれば良いのですが、現代社会において人間がストレスから逃げ切れることはさほど多くありません。時にストレスに対する反応が過剰になり、精神・身体的に不適切な結果を引き起こすこともあります。そこでマインドフルネスの実践によって、ストレスに対して無意識に反応(react)していた状態から、意識的に対応(response)する状態に切り替えることが有効になるのです。 マインドフルネス2つ目の実践では、この意識的な対応を体験しました。稲吉さんのガイドにしたがって、参加者のみなさんは安定した姿勢で身体に注意を向けていきます。「呼吸を、ご自身がこの場所にとどめるための船の錨のように使いながら」「自分の不快な感覚を見つけたら、少し身体を動かしてみて」「もしくは不快な感じと一緒に座っていられるか試してみて」という稲吉さんの声が柔らかく響きます。数分間、一人ひとりが「今この瞬間」に起きている感覚・思考を探りその対応をゆっくり模索する、静かな時間が流れました。

最後に稲吉さんのご研究の紹介がなされました。稲吉さんは、女性器を持つ方に特有の生理現象、月経に対してのマインドフルネスをご研究されています。月経現象に対し身体は自動的に反応を起こしますが、その対処方法には一貫性がないため無力感を起こしやすく、女性という性を持つ自分自身をネガティブに捉えてしまうことがある、とおっしゃいます。稲吉さんのご研究では、生物学的現象で揺れ動く自分の心と身体を自分のものとして受け止め、月経に症状を生活の一部として捉えるためのマインドフルネス実践が行われています。

本日のUTalkでは、初め少し緊張されていた参加者のみなさんが、マインドフルネスの実践を通して、徐々に固さがほぐれ自分の感覚を言葉で表現するようになっていった様子も印象的でした。 素晴らしいお話と実践をしてくださった稲吉玲美さん、ご参加されたみなさんありがとうございました。

[アシスタント 川俣 愛]