UTalk / 教師にとっての「子どもの貧困」

栗原和樹

教育学研究科 特任研究員

第208回

教師にとっての「子どもの貧困」

2025年7月のUTalkは、教育社会学を専門とする栗原和樹さん(大学院教育学研究科・特任研究員)をお迎えします。2000年代後半に「子どもの貧困」が社会問題として注目されて以来、学校や教師には貧困層への支援が期待されてきました。しかし「教師には貧困が見えていない」「見ようとしていない」との批判も根強くあります。こうした批判に対し、栗原さんは、貧困という概念の特性を考えてみると、貧困は「見ようとすれば見える」単純な問題ではないと述べています。では現場の教師たちはどのように子どもたちと向き合い、その中で貧困はどのような問題として立ち現れてくるのでしょうか。教育現場のフィールドワーク、教員へのインタビューから見えてきた教師にとっての「子どもの貧困」、貧困を捉える技法について栗原さんにうかがいます。みなさまのご参加をお待ちしています。

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2025年7月12日のUTalkは、大学院教育学研究科・特任研究員(日本学術振興会特別研究員-PD)の栗原和樹さんをお迎えして開催されました。小学校の教員を志望していた栗原さんは、ボランティアで子どもの貧困や格差に触れたことをきっかけに、「子どもの貧困」を研究対象に定めたそうです。

子どもの貧困は、日本では2008年ごろから問題視されるようになった概念で、現在はおよそ15%の子どもが相対的貧困の状態にあります。教育社会学の観点では、貧困の世代的再生産が問題視されています。これは、子ども時代の家庭の貧困が成人後の低収入につながり、さらに次世代の子どもも貧困に陥ってしまうという問題です。教育によりこの再生産を打ち切るべく、学校が貧困を見つけて必要な支援につなげることが目指されています。その一方で、教師が貧困を見えていない・見ようとしていない、という点を多くの研究が指摘しています。栗原さんも、このような問題意識をもって学校でのフィールドワークを行いました。

実際の現場を見た栗原さんは、こうした従来の批判的な見方に違和感を覚えるようになりました。教師が子どもの貧困を見ることの難しさを実感したのです。そこで、概念分析の手法を用いて、教師が「貧困」の概念をどのように理解しているのかの分析を行いました。その結果わかったことは、教師は貧困を「貧」と「困」の二つに分節して捉えているということでした。多くの教師は、「貧困」の「困」の部分に注目して子どもとコミュニケーションを取ることが、教師の立場でできることだと考えていました。教師にとって重要なのは子どもが貧しいかどうかではなく、子どもが困っているかどうかなのです。このような現場の認識は、教師が貧困を見ようとしていないという研究側の批判とすれ違いを起こしていました。

フィールドワークを通じて得られた、教師は子どもの貧困を分節化して捉えているという新しい見方はとても興味深く、参加者との間でもこの点で活発な議論が交わされました。質疑の中で印象的だったのは、子どもの困りごとは教師と子どもの関係性の中で、その場面ごとに作られるものだということです。貧困に限らず、子どもの困りごととそれに対する教師の対応はその場の論理に応じて一対一で築かれていくのだということがわかりました。

貧困の「貧」の部分は、教師にはコントロールのできない問題です。そのため教師は問題を分節化し、「貧」の部分は切り離し、「困」を取り出すことで教師として対応可能な問題に再構成しているのです。一方で参加者からは、このような教師の支援は、子どもに希望を生むと同時に希望を実現できない現実の貧しさとのギャップを拡大しかねない、という指摘もありました。栗原さんは、教育による支援は子どもの「サポート」にとどまっているという事実はある反面、子どもになるべく多くの機会を提供することに価値があるといいます。最終的に子ども自身が判断していく中で、良いと思える方向に進めるための選択肢を提供することが大切なのです。

最後には、栗原さん自身の研究の手法や展望についてもお話しいただきました。フィールドワークやインタビューで自分が着目しているワードを引き出すことの難しさや、仮説に沿った発見が得られなかったときに視点を変えてみてみることの重要さがわかりました。今後は学校外の支援の現場にも注目することを考えているそうです。

今回のお話では、教師の立場からは子どもの貧困はどう認識されているのか、という分析を非常に興味深くうかがいました。「貧困」の「貧」への対応は教師の仕事ではなく、「困」の部分を抜き出して支援することが教師と子どもの関係の中でできることである、という現場の声がとてもリアルに感じました。同時に、子どもの貧困を解決するにも多数の立場からの支援・取り組みが可能であり必要であるという難しさも実感しました。栗原さん、お越しくださった参加者の皆様、ありがとうございました。

[アシスタント 岩田純佳]