教育学研究科 准教授
第207回
2025年6月のUTalkでは、認知科学・教育心理学がご専門の清河幸子さん(大学院教育学研究科・准教授)をお迎えします。清河さんは「協同」に注目し、他者とのやりとりによってそれまで気づかなかったことに気づいたり新しいアイデアが生まれたりするプロセスについて研究しています。昨今の学校教育や職場環境ではチームワークが重視され、協同することが盛んに奨励されています。「協同さえすれば成果が上がる」「問題が解決する」という認識が広がりつつあるようですが、清河さんは「協同には上手く働く時とそうでない時がある」と言います。今回のUTalkでは参加者の皆さんと協同に関する実験を実際に体験しながら、協同が上手く働くのはどんな時か、他者が果たす役割は何か、そして協同から見えてくる人間の思考の特徴について清河さんと一緒に考えていきます。みなさまのご参加をお待ちしています。
2025年6月のUTalkは、教育学研究科准教授の清河幸子さんをお迎えして開催されました。参加者が実験の一部を実際に体験しながら「協同」のプロセスが私たちの思考にどのように影響するのかについて伺いました。
他者と関わりあって生活する私たちは、日々「協同」しています。協同に関しては、個人での取り組みと協同での取り組みのどちらが良いのか、という二元論的な視点で語られがちです。しかし、清河さんは協同がどのような場合になぜ良いのか、協同が個人にとってどのような効果を持つのかを明らかにすることを目指して研究に取り組んでいるそうです。
さっそく、一つ目の実験を体験しました。この実験では、初めに問題を解いた後、その際に考えたことを「他人に説明するように」書き出し、その後、再び同じ問題を解きます。今回は二つの問題が出され、一問目は順番にステップを踏んでいけば正解にたどり着ける問題、二問目は発想の転換が必要な問題でした。参加者は真剣にボールペンを走らせていました。
協同のプロセスでは他人に自分の思考を言葉で伝える必要がある点が、個人での取り組みとの大きな違いです。このことは問題を解く際にどのように影響するのでしょうか。自分の思考の筋道を言語化することは、論理的な思考を必要とする場面では促進的に働きます。一方、ひらめきのような飛躍的なプロセスでは、思考が言語化可能な範囲に閉じ込められがちであることが先行研究で分かっているそうです。その上で清河さんは、言語化の効果に関して、「誰に向けて言語化するのか」という点に着目しました。自分に向けた説明は曖昧なままでも良いものの、他人に向けた説明では明瞭さが求められることから、メタ的な視点から思考を振り返ることが必要となります。研究では、「他人に向けた言語化」により思考の整理が可能になり、問題を解く上での促進的効果がみられたそうです。
参加者からは、問題を考えた過程を文章化する大変さは、プレゼン用の資料を作ろうとすると手が止まってしまう経験に似ている、との声が聞かれました。自分では理解しているつもりでも他人に伝えようとするのは難しいものだ、という清河さんの指摘に参加者は皆、心当たりがある表情でした。
続いて、二つ目の実験は、選挙の投票率を高めるための独自性が高く実行可能なアイデアを、なるべく多く書き出すものでした。他の参加者が考えたアイデアの例が示された場合と、それがない場合の2回、同じ問題に取り組みました。 この実験は、複数人でアイデアを出し合うブレインストーミングを念頭に置いたものです。他人とのやりとりのプロセスを含むグループワークの方が、個人で考えるよりアイデアの量や質が良くなる、というイメージはありませんか。ところが、清河さんによると実際はその逆になるそうです。ブレインストーミングには、自分にないアイデアを参考にできるという特徴がありますが、それは諸刃の剣になりうるのです。他人のアイデアをヒントにすると、それに引きずられて自由な発想や思考が制限されるデメリットがあります。その結果、アイデアの独自性や実行可能性が下がってしまうということです。
ブレインストーミングは多くの学校や企業などで採用されているため、参加者からは自分の経験に照らした質問が寄せられました。グループワークでは影響力の強い人の意見に引っ張られる、尖りが少なくみんなが納得するようなアイデアばかりになる、という課題を多数の参加者が感じていました。このような事態を避けるためにはブレインストーミングに仕掛けや構造化を施す必要がある、と清河さんは指摘します。その他にも、自分がその課題に責任感を持って取り組むか、無責任に意見を出すかによってもアイデアの質が変わるといいます。問題と距離を置き引いた視点を持てる、ある意味「無責任」な立場からのアイデアも重要であることが分かりました。
今回お話しいただいた、他者との「協同」のプロセスから読み解く個人の思考、という観点は身近ながらも普段意識していないものでした。思考に関する新たな発見や、「協同」を推し進めることについて考えさせられる点も多くありました。たくさんの質問に答え様々な分析をご紹介いただいた清河さん、お足元の悪い中お越しいただいた参加者の皆様、ありがとうございました。
[アシスタント 岩田純佳]