UTalk / 次の100年へ、学園町の未来を描く

玄田悠大

工学系研究科 学術専門職員

第205回

次の100年へ、学園町の未来を描く

4月のUTalkは、近代建築史・都市史が専門の玄田悠大さん(工学系研究科都市工学専攻・学術専門職員)をお迎えします。玄田さんは価値がまだ十分に認識されていないまちや建築の保全に関する研究に取り組んでいます。それらの価値に気づくために「歴史を”補助線”として使う」と語る玄田さん。特に注目してきたのが「学園町」です。学園町とは教育施設を中心に、その関係者が集まって造られたまちをさします。学園町はまちなみや建築だけでなくまちの形成過程にも、当時の先進的な教育者たちの理念が色濃く反映されているそうです。それら学園町はどのような歴史と特徴をもち、今後どのように残されてゆくのでしょうか。玄田さんと一緒に形成から100年を経た学園町の歴史を読み解くことで、変化の激しい社会の中でも価値あるまちや建築を残すための手がかりが見つかるかもしれません。ご参加をお待ちしております。

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あなたのまちには、どんな歴史がありますか。現代の都市において、私たちはどのようにして「歴史」を見つけ出し、未来へと受け継いでいくことができるのでしょうか。4月のUTalkは「なぜ、残すのか」「何を残すのか」という問いを鍵に「学園町」の未来を考えました。実は今、私たちは100年前のまちや建物の歴史を未来へ残せるか否かのターニングポイントにいるのです。

白川郷のように歴史が明確で保存も進んでいる地域と違い、私たちが日々生活する都市部のまち並みでは、歴史の存在が気づかれにくくなっています。そして結果として保存の対象になりにくい現状があります。欧米では近代以降のまち並みや建物がすでに文化遺産として認識され始めているのに対し、日本ではそれらを残すという視点がまだ十分に根付いていないのだそうです。「歴史」としての評価が道なかばである大正時代以降に構築されたまち並みや建物は、日々失われていってしまう可能性が高いと玄田さんは語ります。

そのような建物の例として挙げられたのが代々木体育館やICU(国際基督教大学)などの近代建築。どれも著名な建築家による作品であるにも関わらず、その外観が現代の建物と似ているために市民の多くは「こんな建物が歴史的に大事なの?」と感じてしまいます。この“気づきのなさ”こそが、都市の記憶が埋もれていく最大の要因なのです。あと100年経てば、大正時代以降の近代建築は間違いなく「歴史的価値のある建物」として認識されているでしょう。でも今はまだその価値が自明ではありません。だからこそ、私たち自身がスポットライトを当てていかなければ、こうした建物は静かに歴史のなかに消えていってしまうのです。

近代に特徴的なまちの代表例が「学園町」=「教育施設を中心に、教職員などの関係者や学ぶもの等が集まって造られた町」です。成蹊学園や成城学園、自由学園などによる学園町は、いずれも大正時代の「新教育運動」によって誕生したまち。自然と調和した環境づくりや情操教育が重視され、教育機関が住宅地の開発にも深く関わっていたそうです。子どもたちが心豊かに育つ環境をまち全体でつくろうという理想が息づいていたのです。建築家の思想に共鳴した建物が密集したまち並みや、独自の地域コミュニティの存在――それらすべてが、まちをかたちづくる「文化」。建物そのものだけでなく、そこに宿る「思想」や「ライフスタイル」も歴史を形作っています。

しかし、まちを丸ごと全部残すことは現実的ではありませんし、建物の価値はつくった当時の評価の高さだけでは決まりません。どのようにして守られてきた建物なのか、社会的に・地域的にどのように共有できる価値なのかを考え、まちが持つ色々な歴史的価値のうち「何を」「なぜ」残すのか、地域の人々と共に探っていく必要があります。玄田さんによれば、その手掛かりとなるのはまちの成り立ちに宿る「地域形成理念」を丁寧に読み解くこと。物的環境(建築や自然環境)、人的環境(コミュニティ)、制度的環境(地区計画、規範等)の3つの軸から歴史的背景を掘り起こすことで、まちが持つ価値と未来への方向性を見出すことができるそうです。

お話の最後では、「今、私たちが立っているこの時代が節目である」という認識が共有されました。まちの誕生から100年が経ちつつある今、私たち一人一人が「このまちをどうしたいのか」「何を大切にしたいのか」を問い直す必要があります。 皆さんの住むまちに、残したい建物はありますか。まず、どんな建物があるのでしょうか。意識を向けてまちを歩けば、今までは気づかなかったあなたのまちの歴史が見えてくるかもしれません。そして歴史の文脈を掘り起こし、住民の間で意識の共有を図る。そのプロセスこそが、都市の記憶を未来へ繋ぐ鍵となっていくことでしょう。

[アシスタント 鈴木馨子]