情報学環 特任研究員
第204回
3月のUTalkはメディア研究・余暇研究がご専門の杉山昂平さん(情報学環・特任研究員)をお迎えします。「趣味は何ですか?」と聞かれた時、あなたはどう答えますか。ゲーム、スポーツ、料理、旅行に読書……余暇の楽しみとして趣味を持つ方は多いでしょう。その中でも単なる気晴らしではなく自己実現のために真剣に打ち込む趣味は「シリアスレジャー」と呼ばれています。杉山さんはご自身が多くの趣味を持つ趣味人でもあります。そして趣味を研究する研究者として「経験を他者と共有する可能性をどう作るか」「趣味・興味は他者と共有しうるか」を起点に、趣味を通じた人々のつながりや興味の広がりを見つめ続けています。「研究で社会を直接変えられないけど、変わるためのツールを作っておきたい」と語る杉山さん。その研究の原点はどこにあるのか、一緒にお話を聞いてみませんか。皆様のご参加をお待ちしております。
幼少期からカードゲームにハマり、ご祖父様から切手収集を教わってはビジュアル系バンドに熱を入れ、そして大学に入ってからはフラメンコ――2024年度のトリを飾る杉山さんの人生は、そうした趣味の数々と切り離せない物でした。現在のご専門もこの延長線上にあり、個別の趣味もさることながら「趣味という現象自体が好き」と言います。これまで卓球スクールにおけるパーソナルレッスン、アマチュアの写真家やオーケストラ、テレビ番組をはじめとしたメディアにおける趣味の描かれ方などを研究してきました。趣味の話ともなれば参加者の皆様も大変食いつきが良く、多くの方々の実体験や質問が飛び交う場となりました。
余暇の趣味というのは往々にして、本業の仕事に比べて何か欠けている物・劣っている物と見られがちです。プロとアマチュア、あるいはガチ勢とエンジョイ勢といった対比にも、そのようなニュアンスがしばしば含まれます。趣味にまつわるこうした側面は時に、人々の間にすれ違いを引き起こします。自分なりに時間を費やして熱心に取り組んでいる趣味があったとしても、それを「プロでもないのに」とバカにされてしまうことがあります。また卓球スクールの例では、アスリート出身のコーチが勝つための技術に注力して指導する場面が散見されます。一方、趣味でレッスンを受けにくるお客さんは、必ずしも勝つことが目標ではありません。その気持ちがコーチには分からない、といったことが起こり得るのです。
しかしそうなると、そもそも趣味の意味合いとは何なのでしょうか。趣味に没頭するのは、くだらないことなのでしょうか。杉山さんが大学院生時代に知った「シリアスレジャー」という概念は、そんな疑問に対する一つの糸口となりました。継続して熱心に打ち込む物、本人なりのこだわりがある物、専門的な知識や技能を駆使して楽しむ物――こういった趣味はシリアスレジャーと呼ばれます。より気軽な趣味は対比的に「カジュアルレジャー」と表現できますが、必ずしも両者は厳密に区別されるわけではありません。「そうした具体的な線引き以上に、新しい趣味の捉え方を提供してくれる点が重要」だと杉山さんは語ります。ダイエットのために卓球を嗜んでいる人の話をよく聞いてみると、その痩せ方に独特の信念を持っていることがあります。あるいは、ラケットの選び方に尋常ならざるこだわりを見せる人もいます。いずれも「試合に勝つこと」とは別の角度の真剣さが現れており、そうした視点を拓くことにシリアスレジャーという概念の真価があるのかもしれません。実際にこの言葉によって、趣味に熱中することを積極的に肯定できるようになったと喜ぶ声もあったそうです。卓球スクールのコーチたちも、これによりお客さんたちの価値観が理解しやすくなったと言います。
とりもなおさずこの考え方は、杉山さんの研究者としての核にもなっています。表向きにはエリート街道を進んできた杉山さんですが、そうしたキャリアよりもフラメンコのような趣味に生きることの方が自身にとって本質的であり、いわばアイデンティティと言える物でした。ともすると劣っているように捉えられがちな趣味に生きる、自分のような人々についても論じられる世界があって欲しい。分野として趣味研究はまだまだ泡沫的で辺境的な立ち位置にあり、だからこそ杉山さんは研究しています。そこにあるのは強い使命感というよりも、自分の居場所を見つけたいという素朴な想いなのです。成果が重視される学術界の競争から少し距離を置き、「趣味なんか研究していいんですか?」と、ある意味で適当な姿勢を貫く。そういう研究者のスタイルがあっても良いのではないか。ここにこそ杉山さんらしい切り口が光っており、これからも「このノリを崩さない」ことが目標だそうです。趣味を研究するのも論文を書くのも、それ自体が趣味であり、杉山さんの生き方そのものを体現する物でしょう。趣味に生きる研究者らしいこだわりが垣間見える、素晴らしい回でした。杉山さん、そしてご参加いただいた大勢の皆様、誠にありがとうございました。
[アシスタント 村松光太朗]