UTalk / ジェンダード・イノベーション

佐々木成江

理学系研究科 特任准教授

第203回

ジェンダード・イノベーション

「性」の視点から科学技術をとらえなおす

2025年2月のUTalkでは、生命科学がご専門の佐々木成江さん(理学系研究科・特任准教授)をお迎えします。佐々木さんは現在、ミトコンドリアの研究を進めると同時に「ジェンダード・イノベーション」の視点を取り入れた研究推進に取り組んでいます。ジェンダード・イノベーションとは、生物学的な性(男女の体の構造や機能の違い)や社会・文化的な性(性別役割分担など)の視点を研究や開発のデザインに取り入れることで、新しい価値や技術革新を生み出そうとする考え方です。ジェンダード・イノベーションの視点で研究を進めることは「科学者の責任」とも語る佐々木さん。ではこの視点に立った研究が広がることで、医療、工学などの研究分野、そして私たちの生活はどのように変わるのでしょうか。UTalkならではのインタラクティブで親密な雰囲気の中、佐々木先生と直接お話しながら一緒に考えてみませんか?皆様のご参加をお待ちしております。

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科学技術の発展は人々の生活を豊かなものにしてきました。しかし、その恩恵はすべての人に平等に届けられているでしょうか。2月のUTalkでは、理学系研究科の佐々木成江さんをお迎えし、特に「性」の視点に着目して科学技術を再考する「ジェンダード・イノベーション」の考え方をご紹介いただきました。

佐々木さんは生物学の研究者として、「実験にはオスを使いましょう」と習ってきたそうです。これは、再現性や実験間の誤差を厳密に重視する研究の世界では、メスの性周期による変動が回避されるためでした。このような慣習により、女性の健康に関するデータは抜け落ちてしまいます。科学技術利用には医療から交通まで様々なものがありますが、その多くは基礎研究や開発を経て上市されています。このスタートとなる研究データの中に、気づかないうちに性によるバイアスが含まれていたのです。

医薬品の治験も、妊娠の可能性がある女性の被験者は少なく、多くは男性のデータに基づいてきました。「女性と次世代を守るため」になされてきたことではありますが、結果として、薬の影響に関する女性のデータが不足したまま市場に出されることになります。実際に、1997年~2000年の米国では、10の医薬品が重大な健康被害のために市場から撤退しましたが、そのうち8つは、男性よりも女性に健康上のリスクが高かったそうです。また、車の衝突試験に使われるダミー人形の大きさも、男性は白人男性の中央値でデザインされていますが、女性のダミー人形は極端に小柄で、乗車中の事故で重症を負うリスクは、女性乗員の方が男性より73 %高いというデータも出ているそうです。

それでは、このような研究・開発の現状を変えていくには、どのようなアクションが必要なのでしょうか。佐々木さんが注目されているのが、「ジェンダード・イノベーション」です。ジェンダード・イノベーションは、「性差に基づく」という意味の「Gendered」と、知的創造や技術革新を意味する「Innovation」が組み合わさった言葉です。イノベーションという未来志向の言葉が使われているのは、研究・開発段階で性差を新しい視点として取り入れることで、これから世の中に出ていく技術を発展させることができるという意図が込められているそうです。個々人は「生物学的な性(SEX)」と、性別役割分担などの「社会・文化的につくられた性(Gender)」の相互作用のなかに成り立っているため、両者の視点で精査されることが必要とされます。近年では、年齢や地域性、障がいや経済的状況など、複数のファクターと合わせた「交差性分析」という概念に発展し、研究の助成金申請や国際ジャーナルのガイドラインにも取り入れられはじめています。

会の後半には、様々なジェンダード・イノベーションの実例がのった「インターセクショナリティ・デザインカード」が登場しました。カフェの机いっぱいに色とりどりのカードが広げられ、参加者がそれぞれ気になるものを選んでいきました。女性ユーザー/受益者に不利になっている科学技術の事例が多い中で、男性が不利になっているケースは「骨粗しょう症」のカード。女性の病気と思われがちな骨粗鬆症ですが、実際には、発症年齢のピークが女性より10年ほど遅れて高齢男性も罹患し、骨折した場合の死亡率は男性の方が2倍高いことがわかってきています。しかし、男性向けの検診メニューには骨密度検査が含まれておらず、男性の骨粗しょう症は見逃されやすい状態になっているそうです。また、社会・文化的な性の分野では、交通計画やAIの話題がとりあげられました。例えば、昨今パソコンやスマホにも搭載されているバーチャルアシスタント。初期は女性の声のみでしたが、徐々に様々な声が選べるようになってきているそうです。このようなカードを使った気づきを促すワークショップはテック企業にも導入されはじめており、実際に、片腕がない人を想定したことからスマートフォンの新機能が開発され、片手で操作できる便利さから、今では多くの人に愛用されているとのこと。様々な使用者を想定することが生む技術革新は、すでに色々なところで起こり始めています。

すべての人が平等に科学技術の恩恵を享受できる世界をつくるのは、科学者の責任でもあります。作動に強い握力が必要だった医療用ホチキスの例では、改良後は男性医師にも使いやすくなり、患者の不利益となるリーク(閉じた部分の漏れ)が61%も減少したそうです。人々の多様性を考慮した技術も、「ある特定の人たちのためにつくる」だけではなく、様々な人が困難なく使えるものを作ろうとする姿勢が必要とされていることを感じました。参加者の皆様からも、採算が合わないために見過ごされてしまう問題の存在など、様々な視点からの意見が次々と挙がりました。インタラクティブに話題提供を頂いた佐々木さん、ご参加いただいた皆様、ありがとうございました。

[マネージャー:加藤千遥]