医学系研究科 客員研究員
第202回
1月のUTalkでは地域看護を専門とする大田章子さん(大田記念病院/医学系研究科 客員研究員)をお迎えします。今後、東京では独居高齢者がさらに増えるとされます。多様なライフスタイルを築いてきた世代が高齢者となったとき、都市はその暮らしを支えられるのでしょうか。しがらみのなさが都会のよさでもある一方、困ったときに助けとなるつながりは薄いとも言えます。東京ご出身の大田さんは現在、広島県福山市において病院からゆるいつながりを築く取り組みをされています。病院を「スナック」や子どもの居場所にしたり、街中に出向いてキッチンカーのそばで「暮らしの保健室」を開いたりと、その活動は多岐に渡ります。高齢化率がちょうど日本の平均である福山から東京はどう見えているのでしょうか。「病院と地域は一蓮托生」と語る大田さんの視点をうかがいます。みなさまのご参加をお待ちしています。
2025年最初のUTalkは「東京は超高齢社会を支えられるか:福山のコミュニティケアから考える」をテーマに、看護分野での研究・看護現場での経験を経て、現在広島県福山市で病院運営に携わられている大田章子さんをゲストにお招きしました。
まず、「病院」と聞いて、何が思い浮かぶでしょうか。入院して、手術して、病気を治して退院する「治す病院」でしょうか。しかし実は高齢化が進む日本では「治す病院」だけでは医療を支えられません。完治を目指して治療をするだけではなく、治療と「その後のケア」が患者を支える上で不可欠です。治療現場では完治だけがゴールではなく、治療とその後のケアのサイクルによって患者の日常生活を支えることが目指されることがあるのです。福山でコミュニティケアを担う病院を作られている大田さんは「高齢化により、完治を目指す治療から治し支えていく医療へ移行している今、今後は治療終了後も地域と連携して患者を支えていく、地域密着型の病院が重要になる」とおっしゃいます。 地域密着型の病院は高齢化・人口流出が深刻な地方で今問題になっています。大田さんが運営される脳神経センター大田記念病院がある福山市でも高齢化が課題。高齢化が進む、人口減少が進む→病院が潰れる→地域の安心安全の機能が廃れる→医療がある町へとさらに人口が流出…という状況が懸念されます。「地域の実情と病院の事業は一蓮托生」と語る大田さん。地域の高齢化を受け、現在はまちづくりとして「病院スタッフが積極的に地域へ出て、住民の方と交流しお互いに知り合いになる」ことを進められています。住民と病院スタッフが “ふらっと話せる”関係により病院は住民の信頼を得て、住民は必要なサポートへアクセスしやすくなる。そして病院では住民の日頃の様子を把握することができるのです。
「日頃の様子の把握」は少子高齢化の進む日本の現状を紐解く一つの鍵になります。一昔前まで、病院における治療の意思決定は「患者の日頃・生き様・人生観」を知る患者家族に委ねられてきました。家族はいわば治療におけるキーパーソン。それが今、変わってきています。家族の縮小が進む中、キーパーソン不在の問題が現れているのです。 東京はまだ地方ほど高齢化が進んでいません。では、東京では「地域密着」は必要ないのでしょうか?大田さんは、問題は特に東京でこそ深刻であるとおっしゃいます。他人と適度な距離を作る東京の生き方、様々なライフスタイルが実現されている社会。今の40代、50代の高齢化に伴い独居高齢者問題はピークを迎えるとされています。一人暮らし高齢者が病院で治療を受けるとき、そこに家族などの治療における意思決定をサポートする存在の姿はあるでしょうか。患者の日頃を知る存在は、近くにいるでしょうか。遠い親戚も、病院スタッフも、日頃から患者と交流がなければ患者の人生観を知りません。ですが治療判断は倫理的観点をはらむ複雑な問題で、何も知らない第三者には背負えない性質のもの。それでも誰かが代わりに判断を担わないといけない、という深刻な状況が発生します。困難な状況の中で誰がどう患者に代わって決定を下すのか。大田さんは、治療判断を前にした1人の患者の意思決定サポート体制が今後構築されていくことの必要性を伝えてくださいました。
後半には、大田さんの問題提起を受けて参加者同士で議論が行われました。中でも印象的だったトピックは「意思決定のキーパーソン不在」に伴う決定者不在の治療現場で判断を迫られる医療スタッフへの思い。完全な正解などない問に対し、第三者の立場から目の前の患者の最善を考え抜く負担はとても大きいものです。レアリスティックな治療現場も高齢化もまだ感じられていない1人の学生だった私は、参加者の皆さんの実体験を踏まえた問題意識に触れ、来るべき時代の問題の深刻さを感じました。 大田さん、ご参加いただいた皆様、ありがとうございました。
[アシスタント:鈴木馨子]