UTalk / 熱エンジンに魅せられた理論家

泉田勇輝

新領域創成科学研究科 講師

第196回

熱エンジンに魅せられた理論家

7月のUTalkでは非平衡熱統計力学を専門とする泉田勇輝さん(新領域創成科学研究科複雑理工学専攻 講師)をお迎えします。「古くて新しい問題が好きです」とおっしゃる泉田さんは、200年前に物理学者カルノーによって提案されたモデルをふまえ、熱エンジン理論のアップデートに取り組まれています。いかにして現実につくれて、出力が最大になるエンジンを考えられるのか。そこには技術的な面白さだけでなく、新たな法則が見つかるのではないかという理論的な魅力もあるといいます。地球温暖化などを受けて身近な熱エネルギーへの関心が高まるなかで、理論家としての泉田さんはいかにして思考を深めているのでしょうか。エンジンの実物からコンピュータによるシミュレーションまで様々な実例を通してご紹介いただきます。みなさまの参加をお待ちしています。

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熱エンジンは、熱を動力に変える装置です。発電をはじめ現代社会の様々な技術に無くてはならない存在ですが、実物を目にする機会は少ないかもしれません。しかし、百聞は一見に如かず。手のひらサイズの2つの熱エンジンを前に、泉田さんのお話が始まりました。

今年2024年は、熱力学誕生のきっかけとなった論文が発表されてから、ちょうど200年のアニバーサリーだそうです。蒸気機関の発明による産業革命を受け、「熱をどれだけ仕事に変換することができるのか?」が当時重要な課題でした。1824年、サディ・カルノーは、どういうエンジンが一番効率よく熱を動力に変えることができるのかを考察し、「熱を仕事に換えるには温度差が必要で、無限にゆっくり動くエンジンが最も効率が良い」ことを突き止めます。カルノー論文におけるこの発見は、のちに熱力学第二法則の発見につながる重要なものでした。

カルノーの考案した理想的なエンジンは、最大限の効率で熱を動力に変換できます。しかし、実用に重要なのは、変換効率よりもパワー(出力)です。効率を高めれば出力も上がるという訳ではなく、実際にはピークを境に減少しはじめ、無限にゆっくり動くエンジンだと出力がゼロになってしまうそうです。車のエンジンの例で言えば、無限にゆっくり動く自動車よりも、パワフルでスピードを出せる車の方が良いですよね。一方で、周りにある熱を利用して動けるエンジンがあれば、ガソリンなどの燃焼に伴う有害な物質を出さずに済むので、効率も重要な観点です。このため、最大のパワーで動いている熱機関の効率を理論的に明らかにしたいというのが、泉田さんの研究テーマです。

この問題に取り組むため、泉田さんが注目したのがカフェに持ってきてくださった高さ15 cmほどのエンジンです。身の回りの熱源の小さな 温度差を利用して動けるので、「低温度差スターリングエンジン」といいます。金属製の小さな水車のような形で、台座の部分とシリンダー内 に上下するピストンが2つ付いています。実際に動くところを見せていただきました。1つ目のエンジンは、泉田さんが温かいコーヒーカップの上に置くと、水車のような部分(フライホイール)が時計回りに回転しはじめ、もう一つは、氷の上にのって反時計回りの回転をはじめました。カルノーの論文でも熱を動力に変換するためには温度差が必要であることが述べられていますが、このエンジンは改良が進められ、原理的には室温と体温のような小さな温度差でも動くことができます。つまり、わずかな温度差から熱を動力に換える洗練されたデザインを実現していると言えるのです。 なぜこのような回転が可能になったのかがわかれば、パワーや効率に関する新しい法則を見つけられるかもしれません。

泉田さんは、コンピュータのなかでこのエンジンを再現し、その回転運動を1つの方程式で記述するモデルを提案されました。ピストンの中の気体分子のミクロな運動のシミュレーションに基づく知見などから数式を求め、さらに、実験による実測値と照らし合わせて洗練していったそうです。たくさんのカッコやsinθが登場する長い方程式を手に、泉田さんは「非常に美しいシンプルな運動方程式」とおっしゃって笑いを誘っていましたが、最初は5次元の連立微分方程式で、3年間にわたる数式との格闘の末に1本の方程式になったと伺い、複雑な現象をシンプルな数式で記述することの難しさと追究のロマンを感じました。今後、この方程式を使って、どういう形をとれば熱機関の効率や力を最大限にできるのかを求められるようになれば、従来のように発明家のイマジネーション頼りではない、理論的なものづくりの進歩が可能になるかもしれません。

当日のカフェは満員で、「方程式中のθの意味は?」「理論家と実験家の協働とは?」など専門的な質問が途切れることなく飛び交うインタラクティブな会でした。同時に、テーブルの上で小さなエンジンが回り続ける様子はどこか癒され、エンジンのことを何も知らなかった私でも、エンジンのことが大好きになれた会でした。最先端の物理学研究を楽しくわかりやすくお話しいただいた泉田さん、ご参加くださった皆さま、ありがとうございました。

[アシスタント:加藤千遥]