農学生命科学研究科 教授
第195回
6月のUTalkでは、熱帯農学を専門とする加藤洋一郎さん(農学生命科学研究科 教授)をお迎えします。私たちにとって稲作と言えば日本の田んぼの風景が思い浮かびますが、アジア各地では稲作のあり方は多種多様です。山の中で焼き畑をして稲を育てる地域もあれば、深い水の中で稲作をする地域もあります。加藤さんはそうした農業の現場に携わり、同時に実験的な研究も行いながら、厳しい環境下での栽培技術を研究されてきました。そこには、フィールドの中で思考する農学ならではの姿勢がうかがえます。食糧問題解決に向けた国際協力のため、加藤さんはいかにして研究者という立場から農業に向き合っているのでしょうか。みなさまのご参加をお待ちしています。
「熱帯アジアの米作り」と聞いて、どんなことを思い浮かべますか?バリ島の 美しい田園風景や、タイのスパイシーな米料理を思い描く人もいる一方で、過酷な労働環境や貧困などをイメージする人もいるかもしれません。実は、現在の熱帯アジアの農業は、最先端の科学技術と非合理が入り混じった複雑な形をしているそうです。6月のUTalkでは、熱帯農学を専門とする加藤洋一郎さん(農学生命科学研究科)をお迎えし、科学研究とフィールドをつなぐ「等身大の実学」の実践についてお話を伺いました。原種のお米やたくさんの現地の写真を囲んで、賑やかな会となりました。
「国際交流×食糧生産」を志向する大学の先生は、日本に数人しかいないそうです。加藤さんの人生の転機は、20歳のときに訪れました。高校生の頃から「自分は何のために勉強しているのか?」「何か生きている実感がほしい」という息苦しさを感じていた加藤さんは、悩みの袋小路に達した結果、大学を1年間休学して、ヒッチハイクでサハラ砂漠を横断することにしたのです。アルバイトで貯めた100万円と、ガイドブックと1枚の地図を頼りに、ジブラルタル海峡からアフリカ大陸に上陸しました。果てしない砂漠の真ん中で大型ダンプが横転し、散乱した荷物のなかで2週間も救助を待っている写真からは、加藤さんが何か月もの間「生命の極限」の環境に身を置いたことが伝わってきます。
サブサハラアフリカでは、人口の約8割が農業に従事しています。「自分はなぜ生きているのか」と悩んでいた加藤さんは、厳しい環境の中で、現地の人々が毎日を一生懸命に生きている姿に心を打たれたそうです。広大な農地も元々は原野であり、数千年以上の年月をかけて、人々が「生きる希望」をもって耕し続けてきたことで今の姿になったことに気づき、深く感動したと言います。世代を超えた人々の「食べ物をつくる」という努力に「生きるエネルギー」をもらった加藤さんは、農学部で途上国の食糧生産を研究することにしました。
フィリピンで米の研究を始めた加藤さんは、洪水にも干ばつにも強いイネの遺伝子研究を進めるとともに、熱帯アジアの様々な農地に赴き、現地の人々と「共にアクションをとる」ことに取り組んでこられました。稲作は地域によって非常に多様であり、ラオスの山では焼き畑で、タイの氾濫原では水深3 mの中で背の高いイネが育てられ、人々は小舟にのって農作業をしています。加藤さんは、現地の人々のニーズをスタートとした研究を展開するだけでなく、それぞれの地域に合った農業機械の情報を提供するなど、最先端の科学技術を「消化して」紹介することで、大学での研究と現地の社会実装にポジティブなサイクルを築いていきたいと話します。実際に、ドローンの活用や電子送金など、日本よりも技術導入が進んでいる地域が出てきているそうです。一方で、治水が整っていない地域が多いなど、課題も山積しています。数年前に立ち上げた加藤さんの研究室では、学生たちが様々な「途上国のへき地」で現地の人々と長期間生活を共にしながら研究しはじめており、「これから学生たちがどういう風に社会で活躍するのか楽しみ」とおっしゃる姿が印象的でした。
会の終盤には「タイに自生しているお米の先祖はどんな味?」「現地でのコミュニケーションのスタイルは?」等々、参加者の皆様からの質問は尽きませんでした。井戸端会議のように周りの人たちの悩みを聞き、技術者として少しだけ自分のアイディアを話して、地元の人々が乗り気になったら一緒にやることで、自身もエネルギーをもらい、win-winな関係を築いていきたい、というお話に、地元の人々と共に新しい農業のかたちを考える研究者の姿を知ることができました。加藤さん、ご参加いただいた皆様、ありがとうございました。
[アシスタント:加藤千遥]