UTalk / アバター体験を通じた「なりたい自分」の設計論

畑田裕二

情報学環 助教

第193回

アバター体験を通じた「なりたい自分」の設計論

4月のUTalkは、VRとアバターの心理学を専門とし、コロナ禍にあった学生時代にはメタバースで東京大学の卒業記念イベントも主催した畑田裕二さん(情報学環 助教)をお迎えします。人工的に現実感を作り出すVR(バーチャルリアリティ)やバーチャル環境での変身体験をもたらすアバターに関心を持つ畑田さんは、「自己とは何か」という問いに向き合いながら、「自分を変えたい」と願う人を支援する技術を探求されています。 最近では「分身ロボット」OriHimeを通じて働くユーザーにインタビューをしたり、彼らが求める新たなアバターをデザインしたりしながら、当人の人生の物語がいかに紡ぎ出されていくのかを研究されているそうです。工学と心理学が融合する先端的な分野に触れてみませんか。みなさまのご参加をお待ちしています。

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4月のUTalkでは、VRやアバターと心理学を融合させた研究に取り組まれている畑田裕二さん(大学院情報学環 助教)をゲストにお招きしました。

「人の心はどのようにして変えることができるのか。」「自己とは何か。」 これらの問いに向き合うためのツールとして、畑田さんはVRを活用しています。VRは様々な変数を意図的に、かつダイナミックに変えることができる技術であり、「髪型を変える。」「住む場所を変える。」というような変化とは違った性質の、またはより大きな環境の変化をもたらすことができると畑田さんは考えます。さらに畑田さんはご自身の研究の一環で、「自分を変えたい。」と考える人々の支援を試みています。 畑田さんはまず初めに、現在の研究を始めるに至った経緯を話されました。これまで行っていた研究でもアバターを用いていたそうですが、主に実験室内で心理学的な項目を数値化して測ることに終止して、被験者ひとりひとりがどんな変化を、どのように経験したかということはわからなかったとのことでした。こういった手法では「自己とは何か。」という問いに迫るのは困難だと考え、実験室実験に加えてフィールドワークやインタビューのような質的研究法を取り入れるようになり、分身ロボットOriHimeを通じて働くユーザーに対してインタビューをしたり、彼らがなってみたいアバターを新たにデザインしたりすることにしたそうです。 既存の実験手法に疑問を持ち、自ら行動に起こして、VRという研究領域に新しい風を吹かせた畑田さんの姿勢は一学生として見習うべきだと強く感じました。 次に畑田さんは、分身ロボットOriHimeを通じ、カフェで働くユーザーに対するインタビューを通じて得られた知見についてお話ししてくださいました。ちなみに分身ロボットカフェとは、身体的な障害や介護等のために外出が難しい方々が、OriHimeを自宅から遠隔操作することで、ロボットを通じて社会で働き、社会とのつながりを感じられる場です。

インタビューでは、「ロボットを通じて社会で働く中で、自分が変わった。」と答えたユーザーさんがたくさんいらっしゃったそうです。その中の何名かは、「ロボットを通じて働き始めて、今まで止まっているように感じられた時間が動き出した。」とお話しされたそうです。この発言について、畑田さんは、「今日、明日、明後日が違う日と認識されるようになって、未来の開き具合が変わった。」「いままでできないのが当たり前だと思っていたけど、条件さえ整えば自分にもできるんだと気づいた。」という言葉でユーザーの内面で起きた変化を表現されました。 そして、畑田さんは、「自分を変えたいと思うなら、過去の想起や未来の予期といった時間的な展望を変えるような体験が必要で、各人の『時間』へのアプローチが大切です。」という言葉でこのパートを締めくくりました。 UTalkの後半では、参加者の皆さんと畑田さんの間で活発なディスカッションが行われました。畑田さんのご発言の中で、特に印象的だったのが、「VRの良し悪しを現実の体験との優劣で語るのではなく、現実の体験と棲み分けることが相応しいと考えていて、その中で重要なのは、VR体験を通してその人自身がどういう思いや示唆を得たかということだと思います。」というものです。 VRについて語る際にどうしても、「どれだけ現実っぽいか、どれだけ似ているか」という方向に議論が行ってしまう傾向にあるのは私自身も経験があります。しかし、畑田さんがディスカッション中に「VRでの体験を、現実の新しい体験や好奇心につなげるという、現実と仮想の中間的な用い方もできると思う。例えば、VR旅行でタージマハルに行った後に、実際に現地に行こうと思う場合です。」とおっしゃるのを聞いた後には、0か1かの議論に留まってVR技術の活用の機会を損失してしまうのは惜しいと感じた一方で、VR技術のさらなる発展や社会での活用につながりそうだという大きな期待感を抱きました。 今回のUTalkを通し、VRが現実とは異なった体験を提供することによって、単に人間を楽しませるだけではなく、VRを使用した人間の考え方や心情、そして現実での行動に変化をもたらすこと、そしてVRでの体験を重ねていく中で「なりたい自分」が具体的に形成されていくことがわかりました。

先端的な分野について分かりやすくお話ししてくださった畑田さん、そして参加者の皆様、ありがとうございました。

[アシスタント:太田真莉]