情報学環 特任助教
第192回
3月のUTalkは「インフォーマル・パブリック・ライフ」を研究されている飯田美樹さん(情報学環 特任助教)をお迎えします。関西のニュータウンに住む専業主婦だった飯田さんは、住民としてまちへの不満を抱きつつも、まちに住む当事者の意見がまちづくりに反映される機会が少ないと感じてきました。そうした中で、飯田さんは自ら「アマチュア知識人」として、世界の多くの街を訪れ、文献をひもときながら、人が惹きつけられるまちの条件を探っています。なぜ専業主婦がまちづくりの研究に至ったのか、どのように研究してきたのかという観点から、これからのまちとの関わり方についてお話しいただきます。みなさまのご参加をお待ちしています。
2024年3月のUTalkでは、「専業主婦がまちづくりの研究に至った理由」をテーマに、情報学環特任助教の飯田美樹さんにお話しいただきました。
飯田さんは、大学在学中にフランスに留学され、その後京都大学で修士号をとられますが、修士論文は「カフェ」に関するご研究でした。これは、フランス留学中のカフェでの体験がもとになっており、カフェが社会変革の場になったことを論じた研究でした。「カフェの研究」というもの自体が、日本では特に何を意味するのかが理解を得られることが難しかったといいますが、この修士研究をもとに、最初のご著書である『カフェから時代は創られる』を上梓されます。
本を出版されたのち、飯田さんはご出産や旦那さんのお仕事の関係でそれまで住んでいた京都・三条から、郊外のニュータウンに引っ越します。交通量が激しい京都の街と違い、ニュータウンは自然も豊かで交通量もそれほど多くなく、お子さんを持つ飯田さんにとっては整った環境であると思われました。しかし、実際に引っ越して生活をしていくと、飯田さんは言いようのない違和感と孤独を感じるようになります。ニュータウンの敷地は広大なのに、外を散歩していてもほとんど誰とも会わず、なんだかとても寂しかったそうです。このニュータウンには2年ほど住んでいたにもかかわらず、ほとんどこの時期に自分が住んでいた住まいや、近所の様子を撮影することもなかったといいます。
そんな時に、飯田さんのカフェの研究を知っていた先生が、『サードプレイス』(オルデンバーグ著)を原著で読むことを勧めてくれます。この本に、「インフォーマル・パブリック・ライフ」という言葉がでてきます。そのなかで、アメリカの郊外の一軒家に住む多くの主婦が孤独を抱えているという報告がされています。「インフォーマル・パブリック・ライフ」とは、ちょっと外にでることで、いろいろな人やものに出会える公共空間のことで、それにより陰鬱な気分から少し解放されることが可能になります。しかし、郊外にはそれが大きく欠けており、その気付きから飯田さんの次の研究テーマが形成されました。
ニュータウンから東京に引っ越し、東京大学でUTalkのホストとして運営に関わるようになったことから、東京大学の総合図書館や工学部の図書館で独自に資料を探すことが多くなったといいます。飯田さんがリサーチしている公共空間の研究は70年代の資料が多く、その多くが開架された書棚にはない書庫に眠っていた資料だったそうです。このUTalkをきっかけに、東京大学でまちづくりを専門にしている先生たちとのつながりも広がっていきました。
飯田さんは、ご自身のことをいわゆる大学の研究室に所属しているような「研究者」とは違うと認識されています。論文と呼ばれるようなものは、一般の人が読むことは稀で、しかも読んでも専門的すぎる故に一読では意味がわからないことも多いでしょう。飯田さんは、ニュータウンに住んでいた時の自分のように、問題に今まさに直面している声をあげることのできない人々に向けて自身の研究を届けたいという思いがあるそうです。そのような思いから、リサーチの結果を論文ではなく、書籍というかたちでまとめています。
飯田さんのニュータウンでの経験から始まったご研究は、『インフォーマル・パブリック・ライフ』と題した本として出版されます。「ここにいるのはなんとなく嫌」といったことは誰しも感じたことがあるのではないかと思いますが、それはなかなか具体的に言語化することが難しいです。この本では、居心地が良く、人が自然に集まってくる公共空間とはどのようなことなのかについて論じていますが、それは「人を大事にしている場なのかどうか」なのではないかと飯田さんは言います。例えば街路樹やちょっとしたウッドデッキなど、構造物の配置の仕方によって非言語的に人は自身が歓迎されているかどうかを感じ取っていて、飯田さんは人が集まってくる公共空間には7つのルールがあると本で論じています。これらの空間の良さは、数値で測れるようなものではないものの、集まってくる人の滞在時間や雰囲気に大きな違いがあると飯田さんは言います。
今回のUTalkでは、参加者の方のご質問やご意見から次の話題が広がっていくように進んでいきました。例えば、ヨーロッパでは知らない人同士でも挨拶を交わすといったことは日常的に行われますが、日本人にはあまり一般的ではなく、このようなコミュニケーションの性質の違いもカフェ文化の違いの背景にあるのではないか、という参加者の方からのご意見がありました。これに対し、その違いも大いに関係している一方で、ここは「こういう場」だと認識が変われば、日本人でもその場での振る舞いが変わる可能性がある、と飯田さんは話していました。
UTalkは東大の研究者をゲストに招き研究について話を聞くイベントですが、大学の教室ではなく、カフェでお茶を片手に隣の席の人の話を聞いているような雰囲気で研究の話を聞くことができます。毎回、ゲストのお話の後に質問やご意見が活発に交わされるのも、このカフェという場だからこそなのだということを再認識しました。
[アシスタント:増田悠紀子]