UTalk / 巧妙な生殖戦略から見る植物の進化と多様性

土松隆志

理学系研究科 教授

第190回

巧妙な生殖戦略から見る植物の進化と多様性

2024年1月のUTalkは植物進化生態学を専門とする土松隆志さん(理学系研究科・教授)をお迎えします。土松さんは、ゲノムを読み解き、植物の巧みな仕組みや形の進化を明らかにすることを目指しています。土松さんが今特に注目しているのは、植物は子孫を残す過程でどのように自己・非自己を認識するのかということです。植物は動物と異なり動くことができませんが、生殖の過程では、やってきた花粉とただ受動的に交配するのではなく、状況に応じて適切な花粉を選択していることが分かってきています。花粉を認識し交配する仕組みがどのようなものか、また生殖戦略を通して見えてくる植物の進化と多様性について、土松さんと一緒に考えてみましょう。

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動物の子育てが環境や動物の特性によって大きく異なることはよく知られていますが、植物も同じようにそれぞれの生殖戦略によって後世に遺伝子を残しています。今回は理学系研究科の土松隆志さんをお迎えし、実際に2種の植物を見比べながら、種ごとに異なる植物の生殖方法とその進化的意義について伺いました。

土松さんがカフェに持ってきてくださったのは、似たような二株の植物。どちらも20センチほどの高さがあり、細い茎の先に幾つかの白い花を咲かせています。この2種はシロイヌナズナとハクサンハタザオ。どちらも同じアブラナ科に属し、シロイヌナズナにとっては約500万年前に枝分かれした一番近い近縁種がハクサンハタザオになるとのことです。

さてシロイヌナズナとハクサンハタザオ、この2種はどこが違うでしょうか。土松さんからの問いかけに参加者の皆さんから声が上がります。主軸から出ている茎の本数が違う、葉の形が違う、花の大きさが違う。参加者の意見に加えて、土松さんによると、雑草として都市部にも生息するシロイヌナズナと山の中にひっそりと生えるハクサンハタザオは生息地域も離れており、この2種を人工的に交配させても子孫を残すことが難しいほど、両種の性質は異なっているようです。

今回注目するのは花の大きさ。シロイヌナズナは花がとても小さいのに対して、ハクサンハタザオは茎に対して花が目立つくらいの大きさはあります。土松さんによると、大きさの違いには2種の生殖方法の違いが関係しているとのこと。一般的に、イチョウやソテツなど一部の植物を除くと、植物は卵を作るめしべと花粉を作るおしべが一つの花の中に収まっている雌雄同体の作りをしています。しかし、雌雄同体の植物の中にも、自分の花粉を受精(自家受精)できる種と、自分の花粉では受精できないため虫などによって他から花粉を届けてもらう(他家受精)種の2パターンに分かれています。今回の2種のうち、自家受精可能なのがシロイヌナズナ、他家受精のみなのがハクサンハタザオです。つまりハクサンハタザオにとって、受精のためには花粉を届けてもらう必要があり、虫に目立つように花を大きくすることが有利となるのです。

自然界では雌雄同体の植物の中で、自家受精できる種とできない種は半々くらいの割合で存在していますが、それぞれどのようなメリットがあるのでしょうか。自家受精の場合は1個体だけでも子孫を残すことができます。植物は動けないため、種が飛ばされた先で他の個体がいなくても受精できるのは最大のメリットだといえるでしょう。一方で、自家受精は究極の近親交配なので育ちが悪くなることも知られています。もともとハクサンハタザオとシロイヌナズナの祖先種は、自家不和合性(自分の花粉を感知すると受精を止めるような性質)を持つ他家受精の植物だったと考えられています。シロイヌナズナは突然変異によって、花粉ではたらくタンパク質が変化してしまったため、自家不和合性の仕組みが一部働かなくなっていることが研究によって突き止められているそうです。シロイヌナズナの方が短期的に見るとメリットは大きいように見えますが、種の多様性は失われることになり長期的に見るとデメリットになっているようです。土松さんによると、進化はあくまでも突然変異がたまたま環境に適応したために起こるもので、シロイヌナズナが再度自家不和合性を持つ可能性は低く、絶滅率が高いという推定値もでているとのことです。進化とは、あくまでも偶発的であり、目的をもった変化にはならないということを感じさせます。

お話が一通り終わったところで、自生しているシロイヌナズナを探しに外へ出ました。安田講堂横の道路で土松さんが「ここ!」と指さすところを見ると、大きさ2センチにも満たない濃い緑色のロゼットが側溝の隙間から生えていました。土松先生曰く研究室で育てていない野生種はこのくらいの大きさ、とのことですが、先ほど見ていたものより何倍も小さな姿に参加者から驚いたような声が上がりました。シロイヌナズナは遺伝学の研究でよく使われているモデル植物ですが、このアスファルトの上で今にも踏まれそうな小さな緑が、そのような重要な種だとは全く思いもしませんでした。改めて身近にある植物が持つ、複雑で緻密な生殖戦略の仕組みに驚かされました。

たくさんの質問に答えてくださった土松さん、参加された皆様、ありがとうございました。

[アシスタント 川俣愛]