大学院総合文化研究科 特任准教授
第189回
鈴木啓之さん(大学院総合文化研究科 スルタン・カブース・グローバル中東研究寄付講座 特任准教授)のご専門は中東地域研究で、主にパレスチナ・イスラエル情勢を研究されています。悲劇的な状況のガザ地区の紛争ですが、一体なぜこんな状況になってしまったのでしょう。中東の近現代史を研究し、エルサレムにも留学し、ハマスについても論考を発表してきた鈴木さんのお話を聞きながら、現在の混乱の背景について理解を深めてみませんか。難しそうで遠い存在に思えた中東が、ぐっと身近に感じられるかもしれません。 UTalkはカフェならではの親密な雰囲気で知的好奇心が刺激され、参加者とともに学び合い、先生にも気軽に質問できるのが大きな魅力。 みなさまのご参加をお待ちしております。
2023年12月のUTalkでは、中東地域研究がご専門の鈴木啓之さん(大学院総合文化研究科 特任准教授)をゲストにお招きしました。鈴木さんは中東の近現代史を研究され、エルサレムでの留学も経験されています。日々、ガザ地区の悲劇的な様子を見聞きすることになってしまいましたが、この背後にはわかりやすい二項対立の構図にはおさまらない、微妙な状況があるそうです。
鈴木さんははじめに、シリアやエルサレムで過ごされた際の体験談も交えて、イスラエルではアラブ系のパレスチナ人とユダヤ系のイスラエル人との間に絶えず緊張関係がある、とお話しされました。緊張関係は政治のような特定の領域の中に閉じておらず、身にまとう色・使う言語など、日常的な選択が自らの立場の表明に直結する状況があります。しかし他方で、パレスチナ人とイスラエル人が完全に分離しているわけでもなく、例えばイスラエルの言葉であるヘブライ語を流暢に話すパレスチナ人・反対にアラビア語を話すイスラエル人も珍しくありません。
ここで鈴木さんは、私たちに音楽を聴かせてくれました。言語はよくわかりませんが、曲の冒頭には朗読のような部分があり、そのあとにヒップホップ調の音楽が続きます。数分経ったところで、3人ずつのグループにわかれてこの曲の感想を話し合いました。
グループワークのあと、鈴木さんがアラビア語から邦訳した歌詞を見ながら、この曲が発表された背景を伺いました。「シオニスト」「ブルーID」といったイスラエルに関連する言葉、また「モスクと教会、それがアラブだ」といったフレーズがあり、イスラエル・パレスチナの状況を踏まえた歌詞であったことがわかりました。二項対立的に語られやすいイスラエルとパレスチナですが、実際にはイスラエル人口の約2割が、イスラエル国籍を持つパレスチナ人です。彼らはイスラエル人・パレスチナ人の間でゆらぐ周縁化されたグループであり、私たちが聞いたのはその状況を歌った「故郷の異邦人」という曲でした。「世界は俺らを『イスラエル人』だなんて言う イスラエルは俺らを『パレスチナ人』だと言う 俺は故郷の異邦人だ」という歌詞が、イスラエルとパレスチナのはざまにおかれた彼らの状況を端的に表しているように思いました。
鈴木さんは最後に、「故郷の異邦人」を発表したDAMというグループの別の曲のミュージック・ビデオを見せてくれました。DAMは音楽を通して意思表明する姿勢を発展させ、イスラエルだけでなく、パレスチナ・アラブ社会の在り方に対しても問題提起をするようになったそうです。鈴木さんのお話を振り返ると、「故郷の異邦人」では、イスラエル国籍を持ちながらも周縁的な立場にあるパレスチナ人が「シオニスト体制」に対して声を上げていました。筆者はこの段階では、国籍の差はあれパレスチナ人はパレスチナ人であり、やはりイスラエルとの二項対立的な関係がある、と理解しそうでした。しかしDAMがパレスチナ社会を全面的に肯定するわけでもないことがわかり、結局どのような枠組みでイスラエル・パレスチナ情勢を理解すればよいのか、わからなくなりました。
会の後半では、参加者のみなさんもご自身の体験談や問題意識・疑問を共有してくれました。お話の内容が予想していたものと違い驚いた、という感想が出た際に、鈴木さんはメディア対応の中で伝えることが難しい部分に焦点を当てた、とおっしゃっていました。鈴木さんはパレスチナ・イスラエル情勢の複雑さを私たちに正面から突きつけましたが、問題のややこしさを捨象せずにそのまま伝えるのは簡単ではありません。わかりやすい図式に押し込めてわかったことにしてはいけない、という鈴木さんの強い想いを感じました。
筆者の印象に残った鈴木さんの言葉のひとつが、多文化共生には闘いのような側面がある、というものです。多文化共生の背後には、それぞれが社会での居場所を奪い合う闘争的な過程が生じます。反対にそのような過程がない「見かけ上の平和」の裏では、自分たちの居場所を得る手段を誰かから取り上げる暴力が作用します。現在進行形の大規模な暴力を止める努力の中で、見かけ上の平和を実現する暴力を導入していないか、注意する必要があると理解しました。そして日本では闘いを伴う多様性が維持されているのか、それとも見かけ上の平和が維持されているのか、考えさせられました。 鈴木さん、参加者のみなさま、ありがとうございました。
[アシスタント 石井秀昌]