UTalk / Xジェンダーを名乗る実践を辿って

武内今日子

情報学環 特任助教

第188回

Xジェンダーを名乗る実践を辿って

11月のUTalkは社会学を専門とする武内今日子さん(情報学環 特任助教)をお迎えします。出生時の性別の割り当てから自己認識まで、人を分類する「カテゴリー」とジェンダーは分かちがたい関係にあります。武内さんは特に1990年代に日本のトランス・コミュニティから生まれた「Xジェンダー」という言葉に注目し、Xジェンダーを自ら名乗った人たちの足跡をフィールドワークを通して辿っています。研究の過程では当時発行されたミニコミ誌を読むこともあったそうですが、資料が少ないなかでXジェンダーが用いられた文脈をどのように読み取るのか、プライバシー保護との兼ね合いでどこまで性的マイノリティの語りを公にしてよいのか、など悩み所も多かったといいます。そうした研究を通して何が見えてきたのか、現時点での成果をうかがいます。

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日常生活の中で、男性らしさ、女性らしさなどをはじめとした二元的な性別を意識するシーンも少なくないのではないでしょうか。性別や性差は、ジェンダードイノベーションやD&Iなどの社会課題を議論するうえでも重要な観点の1つになっています。 一方で、このような二元的な性別観に違和感を覚える人々の間で、「Xジェンダー」という概念が誕生しています。「X」という表現はいつどこで誕生し、どのような意図が込められていたのでしょうか。 11月のUTalkでは、社会学が専門の武内今日子さんをお迎えし、「Xジェンダー」という言葉の使われ方から見えてきた日本のトランスジェンダーの歴史についてお話を伺いました。

Xジェンダーという言葉は、男女の区分に当てはまらないジェンダー・アイデンティティを表しています。近年では、芸能人による発信等をきっかけに、英語圏由来の「ノンバイナリー」という表現の方が広がりつつあるそうです。武内さんは、学部生時代にサークル活動を通して知った「Xジェンダー」という概念に興味を持ち、その歴史を調査しはじめました。

「X」という表現は、1990年代から2000年代初頭にかけて、関西地域の性的マイノリティ当事者コミュニティの中で使われはじめました。この当時、トランスジェンダーに関する深い議論は主に当事者コミュニティの内部で行われており、資料としての記録はミニコミ誌や個人ホームページ等にしか残っていません。武内さんは、こうした数少ない資料を収集するとともに、当時を知る人々にインタビュー調査を行うことで、「Xジェンダー」概念が用いられてきた歴史を調べてきました。

「X」という表現が誕生した1990年代は、「性同一性障害」という言葉が日本でも知られるようになり、各地に当事者コミュニティが形成された時期に重なります。「Xジェンダー」という言葉は、誰か影響力をもつ人物が提唱したというより、トランスの人々が集まって話をする中で生まれたものではないかと考えられているそうです。他の地域には医療者主導型の当事者コミュニティもあったそうですが、「X」概念を生んだ関西のコミュニティは、トランスジェンダーやXジェンダーを自認してきた当事者がリーダーを務めていたからこそ、非二元的な性別意識を持つことに関しても自由に議論できる土壌があったのではないかと武内さんは考えています。

当時の資料を紐解くと、トランスジェンダーという言葉は「移行」という意味を含み、当時性別は2つであるということを暗に前提としていたと考えられ、そうではなく「男性/女性という2つの区分のあわいに生きる人々の総称」がほしいという議論がなされています。また、ジェンダー規範を問題化したフェミニズムが社会に浸透していき、しかしそこでも二元的な性別が前提とされやすいことが指摘された時期でもありました。二元論な性別を自身に適用することに違和感を持った人々が「X」を名乗り、その「あいまいさ」や「わからなさ」をXとして表していたことが見えてきているそうです。

一方で、調査には様々な難題があります。「X」概念を生んだ人々の中には、当事者コミュニティからすでに距離を置いている方や、特定されることを望まない方も多くいるため、個人の語りを研究として公開することには困難が伴います。さらに、ミニコミ誌などの資料は、「他人に知られたくない」という理由から持ち主が高齢になると処分してしまうことも多いため、年月を経るにつれて失われていっています。これらの資料は国会図書館などの公共図書館にほとんど収められておらず、日本のトランスジェンダーの歴史について研究が進まない一因となっているそうです。このため、武内さんの今後の目標は、ミニコミ誌や口述資料を中心に、関連資料を集めたアーカイブを作ることです。一方で、ミニコミ誌の寄稿者はそれほど大きくないコミュニティの内部でのみ読まれることを想定して書いていた場合も多く、本名や写真などの個人情報が登場することもあるため、公開には細心の注意が必要となります。参加者の方々と武内さんが、許可とりにまつわる法的な情報に至るまで将来的な議論を進められていたのが印象的でした。

当日は、新たな言葉が作られることで、その言葉を使って人々がそれぞれの経験を新たな切り口から考えはじめることができたり、あるいはその言葉を中心に人々が集まり、それらの積み重ねによって新たな知が作られていくということを実感しました。また、性別の二元論に対抗することになった当事者たちが、様々な批判と葛藤の中で、「Xジェンダー」という表現を創り出してきたことを知りました。 アットホームな雰囲気で話題提供を頂いた武内さん、ご参加くださった皆様、ありがとうございました。

[アシスタント:加藤千遥]