UTalk / 「培養肉」を食べる未来

竹内昌治

情報理工学系研究科 教授

第186回

「培養肉」を食べる未来

2023年9月のUTalkは機械工学を専門とする竹内昌治さん(情報理工学系研究科 教授)をお迎えします。地球環境負荷を減らしつつ人口増加による食糧不足を解決するため、家畜から命を奪わずに採取した一部の筋肉組織からつくる「培養肉」の開発が注目されています。竹内さんたちが目指しているのは、ステーキ肉のように厚みのある塊肉の開発です。本物と同じ細胞でできた肉を体外で作る技術を研究しています。 培養肉の開発には、技術の進歩・文化の醸成・規制の整備という課題があり、培養肉はまだ実用化には至っておらず、初めの一歩の段階です。研究室でお肉を作るってどういうこと?どうして工学部で開発しているの?私たちの社会にはどんな準備が必要なの?ざっくばらんに、竹内さんと未来の食糧について考えてみましょう。

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じゅわっと肉汁があふれるステーキ、手ごろでおいしいハンバーガー…。私たちは現在、大量の肉を消費して暮らしていますが、このままのペースで世界人口が増加すると、30年後には肉の供給が追い付かなくなると予想されています。畜産は環境負荷が高く、今後、家畜の数を人口に伴って増やしていくことは困難だからです。加えて、動物福祉の観点からも食肉の在り方は再考の時期を迎えています。私たちが持続可能なかたちでおいしい肉を食べていくためには、いったいどんなブレークスルーが必要なのでしょうか。 9月のUTalkでは、「クラフトミート(培養肉)」の開発に挑戦されている竹内昌治さん(情報理工学系研究科)をお迎えし、培養細胞からお肉を生産する取り組みについてお話を伺いました。

培養肉とは、筋肉の細胞を培養して増やし、組織化させることで構築した筋肉組織です。この方法を使えば、動物の命を奪うことなく肉を生産することができます。シンガポールをはじめとした東南アジアでは、まだ数は少ないものの、すでに培養鶏肉のチキンナゲットやサテ(焼きとり)が販売されていて、誰でも手に取れる存在になりつつあるそうです。日本ではまだ食品として認可されていませんが、参加者の皆様からは「個人輸入はできるの?」といった声も上がりました。

環境負荷を考えると、培養鶏肉よりも開発の期待が高いのは培養牛肉です。これは、家畜の中で最も多くの温室効果ガスを放出しているのは牛だからです。さらに、現在のように牛の体から肉を切り出してくる方法では、肉1 kgを得るのに、水は1.5万リットル、餌となる穀物は11~25 kg必要で、100 kgもの糞尿が発生しているそうです。培養牛肉ができれば、これらの環境負荷を軽減できると期待されます。

竹内さんのグループは、世界で初めて1 cm角ほどの「電気刺激で収縮する筋肉組織」を培養した細胞から構築することに成功し、昨年3月に東大から許可を得て試食することができました。試食は「ヒトを対象とする研究」ということになるので、研究倫理審査が必要になります。すべての材料を食品グレードでつくるなど、実際に口にできるまでには長い時間がかかったそうです。鉄板で焼かれた培養牛肉の写真は確かに「焼肉」のようで、一口食べてみたい気持ちになりました。今も同意書を書けば試食できるそうですが、「勧めないのは、まだ牛肉の味がしないから」とのこと。今後、アミノ酸の量や組織の太さ、焼き方など、改善できる点はまだまだあるそうです。参加者の皆様からは「おいしい脂身も作れる?」といった声もあがり、それぞれが培養肉の未来に思いをはせていることが伝わってきました。

次の2年で、100 gのステーキ肉を作りたいという竹内さん。「培養肉」というよりもおいしそうなので、「クラフトミートと呼びたい」と考えているそうです。現在の課題はコストですが、4万人が食べれば1 kgあたり600円程度まで落とせると試算されています。このためには、現在の培養皿スケールから「醤油だる」くらいへのスケールアップが必要です。私たちが想像する「肉」を工業的に生産するためには、あと3つくらいのブレークスルーが必要だとお話しされていました。

当日は参加者の皆様から質問が相次ぎ、培養肉のメリットや開発の経緯まで、様々な話題で盛り上がりました。

世界食糧機関による試算では、現在は年間で7500万頭分の牛肉がフードロスとして廃棄されているそうです。これは、牛の成長に時間がかかるため、2~3年先の需要を見越して生産量を調整することは至難の業であることに一因があります。この点、培養肉は1~2か月でできるので、消費量に合わせて生産できることも強みです。さらに、人獣共通感染症のリスクを減らせるなどのメリットも考えられます。

また、竹内さんが所属する機械情報工学科はロボットの研究で有名で、竹内さんも、静かで滑らかな動きができる「筋肉で動くロボット」を開発されてきました。この研究の発展で、作った筋肉を「焼いて食べればよいのではないか」という着想を得たと言います。ヒトの皮膚をまとった「傷ついても治るロボット」が、バナナを食べて自分の細胞をメンテナンスするお話など、本業のバイオハイブリッド(機械と生物の融合)に関する研究も驚きの連続でした。

インタラクティブに最先端の話題を提供してくださった竹内さん、ご参加いただいた皆様、ありがとうございました。

[アシスタント:加藤千遥]