農学生命科学研究科 教授
第185回
2023年8月のUTalkは海洋分子生態学を専門とする安田仁奈さん(農学生命科学研究科 教授)をお迎えします。 安田さんはサンゴ礁生態系の保全に関する研究や生物多様性ができた起源を探る研究などをしています。これまでに、のべ30カ国の様々な海に潜って、サンゴを採集し、それらの遺伝子解析を行ってきました。近年、気候変動による海水温上昇のため、南の海ではサンゴが頻繁に白化現象を起こし大量斃死(へいし)していますが、日本の温帯域の一部では逆にサンゴが増えたり、分布を北上させたりする現象が見られています。 気候変動により、サンゴ礁の未来はどうなるのか?共生生物との関連もあり予測は簡単ではないそうです。最新データをご紹介いただきながら、安田さんとお話しましょう。皆さんのご参加をお待ちしております。
2023年8月のUTalkは、「サンゴの海の未来を考える」をテーマに、農学生命科学研究科の安田仁奈さんにお話いただきました。
安田さんの研究室では、サンゴにとどまらず、最近では深海や魚の研究をしている学生も在籍していて、多岐にわたるテーマを取り扱っているということでした。この日は、本日のテーマであるサンゴの標本や、安田さんが研究テーマとされていたオニヒトデの標本、深海の水圧で押しつぶされたカップ麺のカップなど、さまざまな資料をお持ちいただき、参加者のみなさんは実際に手に取って観察しながら安田さんのお話を聞いていました。
まず、サンゴとはどんな生き物なのでしょうか?私たちがテレビなどで見かける海の中のサンゴの様子は、まるで植物のようにも見えますが、サンゴは刺胞動物という動物であり、イソギンチャクやクラゲの仲間だそうです。それらが硬い骨格の中におさまっており、群体をなしているのがサンゴです。サンゴは褐虫藻と呼ばれる藻と共生していて、褐虫藻が行う光合成からエネルギーを得ています。そのため、造礁サンゴと呼ばれるサンゴは、陽の光が届く比較的浅い海に生息しています。
グレートバリアリーフなど、サンゴは南の暖かい海に生息しているというイメージがあると思いますが、日本は緯度が高い割にその海域ではサンゴが多くみられます。これは、黒潮が暖流を運んでくる影響で海水温が比較的暖かく、そのためサンゴが育ちやすい環境であるためです。実は日本の石垣島東岸2kmくらいの場所には、グレートバリアリーフに匹敵するくらいの種の数のサンゴが生息しているそうです。グレートバリアリーフは、オーストラリアの本島から船で数時間かかる場所にあるのに対し、石垣島は本島から近く、調査も日帰りで行えるという利点もあるそうです。
このようなサンゴは、おもに南の海域で徐々に減ってきており、グレートバリアリーフのデータでは過去30年でその数が半減しているそうです。これは、温暖化などによる海水温の上昇により褐虫藻が失われ、サンゴの骨格が透けて見える白化現象が起き、その後にオニヒトデがサンゴを食べてしまい、回復が難しくなっていると安田さんは言います。しかし、日本では台風が起こる際に冷たい海流が一緒に流れてくることで、褐虫藻が戻ってくることもあるそうです。また、二酸化炭素が溶け込むことで起こる海洋酸性化もサンゴの減少に影響を与えています。温暖化は南のほうから進行していきますが、二酸化炭素は寒い場所で溶けやすくなるため、海洋酸性化の問題は北の方から進行しており、その板挟みになっているサンゴは今後どうなるのだろう、と安田さんは問いかけます。
安田さんは、これは単にサンゴを守って増やしましょう、という話ではなく、人間側が自然との付き合い方を変えなくてはならない、という話なのではないかと言います。陸の環境の変化に比べて、海の中の環境はダイナミックに変化が起こりやすいですが、我々は普段それを目にすることはできないため、気づかないうちに大きな変化が起こっています。陸上の環境や動物に関する研究の蓄積と比較すると、海のことはまだまだわからないことだらけで、調査するのも大変だと安田さんは言います。最後に安田さんは「海に入るたびに人間は弱い存在だと気付かされる、そういう気づきも重要なことなのだと思う」とご自身が海に潜ったときの感想を言って会を締めくくりました。
今回のUTalkは、安田さんが持参してくださった実際の資料をみんなで手に取りつつ、参加者の方が安田さんに直接質問を投げかけていただきながらお話が進行していって、とてもインタラクティブな会となりました。安田さん、参加者の皆様ありがとうございました。
[アシスタント:増田悠紀子]