UTalk / まちは暴力を予防できるか?

古賀千絵

先端科学技術研究センター 特任助教

第184回

まちは暴力を予防できるか?

7月のUTalkは社会疫学を専門とする古賀千絵さん(先端科学技術研究センター 特任助教)をお迎えします。いじめ、虐待、重度犯罪……人が暴力を振るってしまうとき、その要因はどこにあるでしょうか。古賀さんは社会疫学の立場から、原因を個人の問題に求めるのではなく、社会・環境の問題、「暴力の社会的決定要因」に注目されています。ストレスを感じてしまう境遇から、つながりが絶たれることによる孤立感まで、人を暴力に向かわせてしまう要因は様々に存在します。そのような境遇になれば、誰しもが暴力を振るうリスクがあるかもしれない。逆に、もし環境を改善し、原因となる要因を減らせれば、暴力を未然に防げるかもしれない。こうしたビジョンのもと古賀さんがこれまで取り組んできた研究と今後の展望についておうかがいします。みなさまのご参加をお待ちしています。

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人はどんな時に暴力を振るうのでしょうか?暴力には、虐待、自殺、重度犯罪、テロ、戦等々、様々なかたちがありますが、暴力が発生しやすい環境の特徴がわかれば、暴力の起きにくい政策づくりやまちづくりにつながると考えられます。7月のUTalkでは、公衆衛生の1分野である社会疫学がご専門の古賀千絵さんをお招きし、暴力予防の未来についてお話しいただきました。

「暴力は遺伝ではなく、環境が起因するものだと思っている」と語る古賀さん。本来は、誰もだれかを傷つけたいとは思っておらず、「そうしなければ生きていけない」ときに暴力は生じるのではないか、という視点で研究を進められています。逆に言えば、置かれた環境によっては、私たちの誰もが暴力をふるい、自分や他者を傷つける可能性があるということです。

このように、暴力が環境要因であるとすれば、環境の改善によって予防することができるのではないでしょうか。予防医学の分野には、一次予防(個人の努力)、二次予防(早期発見)、三次予防(再発防止)という概念がありますが、古賀さんが目指すのは「暴力のゼロ次予防」です。「ゼロ次予防」は、個人の努力に依存せず、環境の改善を目指すアプローチです。例えば、病気の予防のために「野菜をたくさん摂りたい!」と考えた人がいたとして、意欲は同じくらいでも、近くにスーパーがある人の方が実現は容易になりそうです。このように、環境改善の視点から、暴力が起きにくいまちをつくることが古賀さんの研究ビジョンです。

この目標の実現に向けて、古賀さんたちの研究チームは特に、近年増加傾向にある「高齢者虐待」に着目してきました。高齢者虐待には、身体拘束や暴言のほかに、年金を取り上げることなども含まれます。研究が進むにつれて、認知症があったり、身体的な自立が不可能な高齢者ほど、虐待を受けるリスクが高いことが見えてきました。このため、認知症や要介護のリスクを減らすことが、高齢者虐待を防ぐために重要と考えられます。一方で、自立している健康な高齢者でも虐待のリスクがあることも見えてきています。

古賀さんの所属するJAGES(日本老年学的評価研究)グループでは、全国約70の市区町村と共同でアンケート調査を実施し、例えば、人とのつながりが少ない高齢者ほど認知症のリスクが高かったり、歩道が少ない地域ほど要介護に至るリスクが高いことを見出しました。他にも、住んでいる地域の緑の多さや、近隣に小学校があることなどの重要性が明らかにされ始めています。

今後、暴力の社会要因を疫学的に明らかにしていくためには、暴力に関する大規模な量的データが必要です。しかし、現在の日本ではこれが圧倒的に不足しているそうです。背景には、暴力に関するデータが様々な分野から散発的に発表されているという現状があります。 このため、古賀さんの将来の目標は、暴力に関する幅広い分野の研究チームが集結した「日本暴力予防センター」を立ち上げ、大規模データの集中的な収集を可能にすることです。郊外にそびえる建物の写真を背景に、「本センターの3つの目的」までばっちり記載されたスライドは、まるで実在するセンターのウェブサイトのようで、「背景は画像検索で出てきたカッコイイ建物です」とおっしゃって参加者の笑いを誘いつつ、その実現の重要性を感じました。

日本では、暴力の原因は個人の中に求められ、暴力を振るった人の「自己責任」と捉えられがちです。しかし、海外に目を向けると、例えばノルウェーは人権を考慮した「人権に配慮した刑務所」を作り、再犯率を低く抑えています。人が暴力を振るうのは、幼少期の愛情不足、生育期の教育不足、成人期の経済力不足のいずれかがあるためと考え、刑務所の中では個々人がそれぞれの不足を補うことで社会復帰を可能にするそうです。暴力に至る背景には、その人が置かれている社会的状況から受けた苦悩が存在しており、苦悩を分かち合える社会資源へのアクセスの不足が暴力の根源とも考えられます。日本でも、暴力を犯した人の根本的な原因をよく聞き、環境を変えていくアプローチが有用なのではないかとお話しされていました。

当日は、犯罪心理やまちづくり、国際政治など、多様な関心をもつ参加者が古賀さんと展望を語り合い、会の終了後も話題が尽きませんでした。古賀さんが公衆衛生分野に進まれたきっかけが「無職になった」ことだったなど、驚きもいっぱいでした。詳しく楽しく話題提供をいただいた古賀さん、ご参加いただいた皆さま、ありがとうございました。

[アシスタント:加藤千遥]