UTalk / 自分の血管をのぞいてみよう

松永行子

生産技術研究所 機械・生体系部門 教授

第181回

自分の血管をのぞいてみよう

松永行子さん(生産技術研究所 機械・生体系部門 准教授)のご専門はバイオエンジニアリングで、主に医学と工学を融合した血管組織工学研究を行なっています。普段は意識することもない私たちの毛細血管ですが、実は酸素を届け、老廃物を除去し、体温を調整するなど重要な役割を担っています。松永さんは生活習慣と血管の相関関係を研究し、より多くの人に自分自身の血管に興味を持ってもらうため、血管の音色を聞く装置や毛細血管の様子がわかる顕微鏡などを開発しています。生活習慣の変化が指先の毛細血管に現れるそう。カフェでお話を聞きながら、ご自身の毛細血管の様子を顕微鏡で覗いてみませんか?

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 2023年4月のUTalkでは、バイオエンジニアリングがご専門の松永行子さん(生産技術研究所 機械・生体系部門 教授)をお招きしました。松永さんは主に医学と工学を融合した血管組織工学研究に取り組んでおられ、今回のテーマは「自分の血管をのぞいてみよう」でした。

 毛細血管は、栄養供給と老廃物除去・体温調節・免疫細胞の運搬、という重要な役割を担っています。したがって、毛細血管の健康を維持することが、生体の健康維持にも直結します。しかし毛細血管は加齢などによって劣化し、血管から水分が漏れやすくなることが知られています。ある場所で漏れが生じると、漏れた水分が周囲に悪影響を及ぼすだけでなく、漏れている部分の下流に血液が行き届かなくなり「ゴースト血管化」します。加齢や生活習慣の乱れによって血管を構成する細胞間の接着が弱まると、隙間から漏れが生じやすくなるのです。

 毛細血管の異常を早く把握するために、松永さんは毛細血管の形の変化に注目しています。この世界には、アマゾン川のような河川から細胞性粘菌まで様々なスケールで、環境の変化とともに自らの形を変えるネットワークが存在します。同様に毛細血管の構造も、私たちの置かれている環境に応答して変化します。松永さんは指先の毛細血管を顕微鏡で観察し、毛細血管構造とその人の生活習慣、ひいては健康との相関を調べています。毛細血管構造には大きな個人差がありますが、個人間の比較(ランダム調査)だけでなく、同じ人に関する2時点間の比較(追跡調査)によっても生活習慣と毛細血管構造の間の相関が示唆されるそうです。この研究の延長線上に、生活習慣の変更といった行動変容を通して毛細血管の異常を予防する可能性が見えてきます。

 このような毛細血管研究を進めるためには、血管データを多く集める必要があります。松永さんは東京大学内に設置されたDLX Design Labと共同で、楽しみながら自分の毛細血管を観察できるしくみの開発にも取り組んできました。例えば血管の様子を反映した短い音楽が生成されるインスタレーションの制作、誰でも簡単に観察できる、オートフォーカス機能を搭載した顕微鏡を開発されています。 会の後半は、多くの方が楽しみにしていた、毛細血管を実際に見る時間でした。松永さんの前には指を置く台がついた顕微鏡が準備してあり、この顕微鏡の映像がPC画面に映し出されます。参加者が顕微鏡の脇に座って指をセットすると、ぼんやりと何かが画面に映ります。松永さんがピントを調整すると像が明確になっていき、毛細血管が見えてきます。指の先端に位置を合わせると、毛細血管がループ状に折り返している様子が見えました。毛細血管の太さ・本数・形(直線的か蛇行しているか)など、血管の様子はひとりひとり大きく異なっており、血管が画面に映るたびに「きれい!」「ぐにゃぐにゃだ!」など、様々な感想が聞こえてきました。なんとなく、蛇行せずまっすぐに伸びる血管が「きれい」な印象を持つのですが、松永さんによれば直線的だから善い・蛇行しているから悪い、などと単純に評価できるわけではありません。松永さんの場合、コロナ禍や海外出張などでストレスがかかった際に血管の様子に変化があったそうです。他の人との比較や見た目の美しさに一喜一憂するよりも、自分の典型的な状態からの差異を把握することが重要なのだろう、と感じました。また、毛細血管の観察を楽しみにしていた方が多くいた一方で、「知らない方がいいこともある」と顕微鏡の列に並ばない方もいました。最近では心拍から遺伝情報の一部まで、自分の身体の様々な情報を調べられるようになっています。そんな中で自分にとって「調べられるが知らなくていい」ことはなんだろうか、と考えさせられる場面でした。

 今月からUTalkではオンライン配信をせず、対面参加のみとしています。遠方から参加できるなどのオンライン形式の良さをあきらめて、カフェで研究者と対話する「UTalkらしさ」を優先する判断でした。本当にUTalkらしさが戻ってくるのか、不安もありましたが、松永さんの親しみやすい雰囲気と参加者の皆さんの積極性に助けられ、和やかにテーブルを囲むことができました。松永さん、参加者の皆さま、ありがとうございました。

[アシスタント:石井秀昌]