定量生命科学研究所 教授
第180回
小林武彦さん(東京大学定量生命科学研究所・教授)は老化のメカニズムや生命の連続性の研究をしています。地球上には約800万種の生物が存在しますが、それらは例外なく死ぬ運命にあります。言い方を変えれば、「死ぬもの」だから「生きもの=生物」なのかもしれません。ではなぜ死ななければならないのでしょうか?「死」は生物を作り出した「進化」と深い関係があると小林さんは考えています。進化とは多様性を創出する「変化」と環境に適したものが生き残る「選択」の繰り返しです。この「死ぬ」という性質も進化の結果できたのでしょうか。もしそうなら、何か有利な点があったのでしょうか?また、必ず死ぬにも関わらず、私たちはなぜ死を恐れるのでしょうか?死なないAIとの比較などで、死ぬことの意味について考えてみましょう。
2023年3月のUTalkは、小林武彦さん(東京大学定量生命科学研究所・教授)をお招きして「生物はなぜ老化し、そして死ぬのか?」というテーマでお話しいただきました。小林さんは著書『生物はなぜ死ぬのか』(講談社現代新書)が2022年の新書大賞で第2位を受賞するなど、メディアでの露出度も高い生物学研究者です。
お話の最初、小林さんはUT Caféにお越しになった参加者一人一人に、「なぜ今日の回に申し込んだのですか?」と参加の理由を尋ねられました。「死」というワードを含んだタイトルに惹かれた、最近身内の死を経験した、生物学を専攻する学生だから…など多種多様な理由から、小林さんのお話に興味を持ち、参加を決められたようでした。
そもそも生命の誕生は38億年前、RNA(リボ核酸)がその鍵を担っていると言われています。この説は「RNAワールド仮説」とも呼ばれており、生命の起源に思いを馳せる人々を魅了する説として有名です。ちなみに、最初の生命が誕生したのは陸なのか、それとも海なのかについてはまだ解明されていません。このRNAの特徴は「自己複製できる」こと、つまり「自分のコピーを作る」ことができることだそうです。
ここで起こるコピーでは、自分と100%同じものが作られるとは限らず、自分とは少し異なるコピーも生まれるので、結果的に多様性が生じることになります。この少し異なるコピーは「変異」というもので、ランダムに発生します。自分と100%同じものを作ることは意外にも難しいのだそうです。コピー機を使ったコピーでは元のデータと同じものが作られますが、細胞の世界のコピーはそうではないのですね。
そしてこの変異は自然界では必然的に発生し、生物の「進化」につながっていきます。様々な生物が地球上に存在しているのはこの「進化」が起こった結果です。最新の研究では、寿命が長い生物ほどゲノムが壊れにくいという結果が得られており、進化によって生まれた生物はすべて「死」を迎えているという見方になるそうです。小林さんの見解は「生物はなぜ死ぬのか?」というより「死ぬ性質があるものが進化できて、いま生きている」というものでした。
あるいは、「なぜ死ぬのか?」という問いについて、「死なない」ものと比較すると「死」の意味を考えることができそうです。小林さんが考える「死なない」ものは人工知能(AI)です。AIは世代を超えて大量のデータ(知識)を蓄積することができます。人間の場合、ある人が持つ知識はその人の死亡と同時に消失します。そのため、先に生まれた者が後から生まれた者に知識を授けることを繰り返してきました。いわゆる「教育」です。ですが、AIは世代を超えることができるので、死を経験することなく進化を続けることができます。持っている知識量は明らかにAIの方が多いですから、人間がAIを神様のように崇める日がいつか来るかもしれません。
またテクノロジーの発達によって作業の効率化が進んだ一方で、効率化によって余った時間が余暇(レジャー)につながっているかというと、必ずしもそうではありません。むしろますます時間に追われ、AIという「死なない」ものに「使われている」と感じることはないでしょうか。テクノロジーを「使いこなす」こととテクノロジーに「使われる」ことは全く異なります。効率化によって生まれた時間を何に使うか?幸せとは何か?もっと真剣に考えていく必要がある、と小林さんが最後に力強くおっしゃっていたのが印象的でした。
「老い」や「死」は誰もがいつか経験するものです。今回の参加者の参加理由にも見られるように、多様な観点から人々を惹きつけ、その分議論が盛り上がるテーマだと思います。UT Caféでの対面参加者からは、回の途中でも参加者から頻繁に質問が生まれ、どの質問に対しても小林さんは熱心に回答され、次の論点につながっていくという場面が多数見られました。「お茶をする感覚で研究者との会話を楽しむ場」であるUTalk本来の姿を垣間見たような気がしました。小林さん、参加者の皆さん、どうもありがとうございました。
[アシスタント:山田瑞季]