工学系研究科 講師
第179回
中川桂一さん(大学院工学系研究科 講師)のご専門は医用工学、精密工学で、主に光と音を用いたバイオ、医療技術開発や高速度イメージング技術開発を行なっています。世界中の多くの人を助ける可能性を持つ、医療技術の開発という分野。中川さんは、治療に使われる音波が身体に与える影響を研究するなかで、速い現象を正確に捉えるために、世界最速のカメラを開発されました。世界最速のカメラとは一体どんなものなのでしょう。また、工学と医療はどのような結びつきがあるのでしょうか。東大のカフェで知的好奇心を刺激される時間を一緒に過ごしてみませんか。みなさまのご参加をお待ちしております。
2023年2月のUTalkは、「技術研究が築く未来の医療」をテーマに、中川桂一さん(大学院工学系研究科講師)にお話いただきました。
現代の医療では工学技術を用いた道具が多数使われており、それによって今まで治らなかった病気を治すことが可能となっています。しかし、新しい技術を作るときには病気の治療メカニズムの解明という基礎に立ち戻らなくてはなりません。その基礎研究の方法として、中川さんは「世界最速のカメラ」を開発されました。では、医療と世界最速のカメラとはどうつながっていくのでしょうか?
中川さんは、特に超音波の技術を用いた医療に注目されています。超音波を用いた医療行為は既に身近にあり、弱い超音波を使うものでは、超音波をお腹に当てて、体を傷つけることなくお腹の中を診断することができます。また、強い超音波を体の中の癌や腫瘍に当てることで、体の外から患部を高温にして破壊することが可能です。このように、音波は既に医療に役立つものとして使われていますが、この「弱い超音波」と「強い超音波」の間はどうなっているのでしょうか?ターゲットにしている領域はこの部分であると中川さんは言います。
たとえば、宇宙飛行士は無重力空間である宇宙で身体が弱っていくという話がありますが、これは地球上において人間に重力がかかっている状態であることと関係しています。実はマイルドなエネルギーは人間の体の活性化に役立つのだそうです。音波を適切に使用することで、骨や血管が活性化することがわかっており、これからの高齢化社会にとって予防的に音波を使用することに期待がかかっています。しかし、なぜ音波を当てることで骨や血管が活性化するのか、そのメカニズムはよくわかっていません。人間の体を構成する細胞は10μm(1mmのさらに1000分の1)と非常に小さいものですが、このように小さいものに非常に高速の音波が通り抜けるところを確認するために「世界最速のカメラ」が必要になります。
ここで中川さんは、高速撮影を説明するために模様のついたコマで実演してくださいました。コマが高速で回転している間はその模様を人の目で捉えることができません。しかし、ここに回転数に合わせ、ストロボライトで光の瞬きを調節すると、模様がはっきりと浮かび上がり、模様が静止しているように見えます。この高速で動くものに高速で光を当てることが、「世界最速のカメラ」の素朴な原理であると言います。中川さんは像の重なりに対して異なる波長の光を次々に当て、それを異なる空間で検出し、光の色で分離することで音波が細胞に作用するというとても速い現象を撮影することに成功しました。
ところで、音波によって骨や血管を活性化させるためにどのようなデバイスが考えられるでしょうか。これについては、会場からも服やウェアラブルデバイスなどさまざまな意見がでました。中川さんからは、お風呂にそのような装置が埋め込まれれば、入浴するたびに少しずつ体が丈夫になっていくような装置になるというアイデアをお話いただきました。音波を出す装置はまだ比較的大きな装置だそうですが、各家庭に1台そのような装置があれば、病院へリハビリに通うことも少なくなるのかもしれません。 また、どうして医療技術の道に進まれたのか?という質問に対しては、進路を選ぶ際に中川さんのお父さまが病気になり、医療の重要さを感じたことから、それを支援する技術を開発したいと思ったことがきっかけだったそうです。中川さんのご研究は、高齢化社会の日本において医療技術を支えるますます重要な研究になることを感じました。
今回は対面と配信のハイブリッドでの開催となりました。実際にコマを回す際はみなさんが身を乗り出してその様子を観察したり、会の終了後も立ち話が続いたりと対面ならではの醍醐味を感じました。中川さん、参加者の皆さん、ありがとうございました。
[アシスタント:増田悠紀子]