UTalk / ビジネスは社会課題を解決できるのか

山本浩司

経済学研究科経営コース 准教授

第178回

ビジネスは社会課題を解決できるのか

歴史とジェンダーの視点から

2023年1月のUTalkでお迎えする山本浩司さん(経済学研究科経営コース准教授)のご専門は西洋経済史・経営史で、主にビジネスと社会の関係と企業の社会的責任の歴史について研究されています。最近は性差とジェンダーの視点を導入した研究も進めておられます。企業の社会的責任(CSR)やESG投資は比較的新しい考えだと思われがちです。しかしヨーロッパの歴史を紐解けば、ビジネスを社会課題の解決に役立てようという考えには少なくとも400年の歴史があることが分かります。ビジネスが社会課題を解決できるとして、具体的にどうすればいいのでしょうか?ジェンダーの観点も交えながら研究テーマに関心をもった経緯や、研究する上での苦労などを共有していただきます。みなさまのご参加をお待ちしております。

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 最近では、SDGsなどの社会課題をビジネスで解決しようとする取り組みを見聞きすることも増えましたね。本来は「金儲け」であるビジネスが、社会貢献を目指し始めたのはいつだったのでしょうか?そして、この潮流はこれからのジェンダー平等や多様性・包摂性のある社会の実現にどうつながっていくのでしょうか。 1月のUTalkでは、経済学研究科の山本浩司さんをお招きし、ビジネスと社会貢献の歴史についてお話を伺いました。特に、ジェンダー課題や企業責任については参加者の皆さまから質問が相次ぎ、注目度の高いトピックであることが感じられました。

 山本さんがビジネスと社会貢献の歴史に興味をもったのは、英国で研究していた大学院生の頃でした。今から300年以上も前の1690年代に発行された鉱山会社のチラシに、「ウェールズに雇用をもたらす」といった「公共のために」を強調した謳い文句が書かれていることを発見したのです。「お金儲け」で成り立つと言われることの多い資本主義が、かなり初期の段階から「社会への貢献」を強調していたことに、山本さんは驚いたと言います。「ビジネスでより良い社会を実現する」というコンセプトは、決して最近のものではなかったのです。

 このようなビジネス側のストーリーは方便で、本当はお金を儲けたいだけだったのでしょうか?山本さんは、300~400年前の資料を調査し、当時の人々も「あくまで社会のため」と主張するビジネスを痛烈に風刺していたことを突き止めます。例えば、シェイクスピア時代の舞台劇にも、お金儲けによって甘い汁を吸っているビジネスマンが登場するそうです。同様のテーマは高尚な文学作品に限られていたわけではなく、識字率の低い時代にも多くの人がアクセスできた歌のようなメディアを通しても広がっており、ビジネスの腐敗への批判は庶民に広く浸透していました。「こういうことってどこにも書いていない」と魅了された山本さんは、経済学の父と呼ばれるアダム・スミスも「ちゃんと考えていなかった」ビジネスと社会貢献の問題を大学院での研究テーマに選びました。

 特にジェンダーの課題に着目し始めたのは、研究成果をまとめた本を読んだ女性の友人に、「すごく良い本だった。あなたの本には女性がほとんどでてこないけれど」と言われたことがきっかけだったそうです。じっさい、山本さんが調査対象にしていた史料や書籍の大部分も男性によって書かれたものでした。友人のコメントは、山本さんにとって、経済の歴史が男性目線で描かれてきたことを痛感する出来事だったと言います。  山本さんは、これまで当然視してきた尺度そのものを疑わなければ、17世紀の男たちのバイアスを再生産することになるのではないかと気づき、歴史史料には残されてこなかった女性たちに着眼した調査を続けてこられました。現在は、1630年代の英国で女性たちが展開した国産石鹸に対する抗議活動を題材に研究を進められており、男性中心の史料には残らなかった様々な立場の人々も経済発展の歴史に重要な存在だったことが示されはじめています。

 近年では、ビジネスで社会に貢献するだけでなく、「社会貢献と利益を両立する」ことが求められがちです。ダイバーシティ&インクルージョン(多様性と包摂性)の理念も、「多様性が増えると生産性が上がる」という経営上のメリットを強調することがありますが、山本さんはこれを「ビジネスのメカニズムの中に社会が取り込まれていっているとも言える」と指摘します。私たちは「資本主義を手なずける」どころか、資本主義に「てなずけられていっている」のかもしれません。社会貢献とビジネスの関係は、17世紀以前から続く私たちの課題であることを感じました。

 UTalkは対面を主とした実施が本格化し、参加者の皆さまがコーヒーや紅茶を片手に語り合う場面がとても印象的でした。山本さん、ご参加いただいた皆さま、ありがとうございました。

[アシスタント:加藤千遥]