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塚原伸治

大学院総合文化研究科超域文化科学専攻・准教授

伝統とともに生きるとは? ー町並み保存をフィールドワークー

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概要

 2022年8月のUTalkは、「伝統とともに生きるとは? 町並み保存をフィールドワーク」をテーマに塚原伸治さん(総合文化研究科超域文化科学専攻・准教授)にお話いただきました。

 塚原さんは民俗学がご専門で、例えば千葉県香取市佐原や、滋賀県近江八幡市、福岡県柳川市などのいわゆる「水郷」と呼ばれる地域をフィールドワークされてきました。このような地域では、水辺の綺麗な町並みが残されていることが多いのですが、それは偶然ではなく、陸上交通が発達した近代以降、取り残される形で20世紀初頭の町並みが残されることが多いと言います。

 ところで、みなさんは「伝統」という言葉の意味をどう説明しますか?例えば「古いこと」「歴史」あるいは、「頑固」といったような否定的な意味のイメージをお持ちの方もいるかもしれません。辞書的には、「伝統」とは「古くからのしきたり・様式・傾向・思想・血筋など、有形無形の系統をうけ伝えること。また、うけついだ系統」とあり、「伝統的」とは「ある事柄が昔から受け継がれてきているさま」とあります。そこから、「伝統」とは「受け継ぐこと」が重要そうだということが伺えます。

 しかし、これはとても厄介だと塚原さんは言います。単純に過去の歴史の問題であれば、現在とは切り離して考えることができます。しかし、それが「受け継ぐこと」であれば、それは過去から現在への連続性のある線的なつながりであり、つまりは過去と同時に現在に属する問題ということになります。これは、実際に長い歴史があるかどうかと同じくらい、人々が「伝統的だと思う」ことが重要であるということにもつながります。

 次に塚原さんは、伝統的な町並みの保存について、自身の地元でもある千葉県の佐原を事例にお話くださいました。文化財の保存を目的とする文化財保護法は、現在あるものを歴史の観点から重要だと判断する仕組みですが、これは一般の人からみるとある種のお墨付きを与えるものでもあります。そこに規定されている、重要伝統的建造物群保存地区という制度では、実際に人が居住している建物が文化財になります。千葉県佐原の町並みも、1996年に重要伝統的建造物群保存地区に指定され、住民主導で町並みの保存が進められた理想的な取り組みの一つとして取り上げられることもあります。ですが、その運動は当初から保存に前向きな姿勢で取り組まれたものではなかったそうです。

 住民の中には、水路である小野川をなくして暗渠にしようとしている人たちもいましたが、隣町である成田が空港建設で活気付くのを目の当たりにし、そのコンプレックスから町並み保存に舵を切ることとなります。複雑なのは、佐原の住民運動の中心人物は、先祖から受け継いだものを守らなくてはいけないという意識が強かったにもかかわらず、小野川の暗渠化にも取り組んでいたりしたという点です。これは、状況によって何を守るかというのが変わるということの例であると塚原さんは言います。

 重要伝統的建造物群保存地区は、1つの建物ではなく、建物群=面で指定されるものです。それゆえ、保存されている地区のなかには伝統的な外観ではない建物もありますが、この制度には「修景」という考え方があります。そもそも、文化財保護法は現状の保存が目的ですが、それに対しこの制度は理想的町並みに向けて漸近線的接近を目指すところが興味深い点であると塚原さんは言います。

 このことは、その地区の特徴に適合しているのであれば、増改築などを行なっても良いという柔軟な制度でもあることを意味します。実際に、東日本大震災で被害を受けた外観が現代的だった家屋は、建て替えで周囲の町並みに合わせた改築を行った例もあり、保存だけでなく新たな創出が行われてもいるわけです。このような「伝統」の創出について「だまされた」という人もいるかもしれませんが、そもそも何を伝統とみなすのかという最初の問いにつながっていきます。

 そして伝統は不自由なものでもあると塚原さんは指摘します。ある範囲に居住すると、思いのままに住まいを建てて暮らす自由を奪うものでもあるからです。また、このような景観保存がされた地域が観光地化されて潤う反面、全ての住民が観光から利益を得るわけではなく、ある種の分断を起こすこともあります。佐原の保存運動の主要人物のなかには、このような町並みの保存が進んだことにより、街として発展できず、それが良いことなのかどうかがわからないとおっしゃっている人もいるそうです。

 これに対し塚原さんは、単純に良くない制度とも思っていないと言います。1つは、修景という考え方は非常に柔軟性があり、外観が維持できれば内装は現代的でもかまわないという制度であるということです。また、観光地化に関して、地元住民はハリボテのような外観だけ取り繕った街では単なるテーマパークになってしまうことをよく理解しており、やりすぎないよう生活の場として維持することとのバランス感覚を保っていると言います。このような絶妙なバランスのなかで、町並みの保存と創出を受け入れていることは、住民が自身の街について考えたり交渉したりするという意味で、文化財的な真正性よりも、はるかに重要な意味があるのではないかと塚原さんは言います。

 最後に、文化財制度自体に問題がないわけではなく、条文のなかには「国民のため」または「世界文化のために」という文言はあるものの、そこに居住する住民ではない人たちのために保存を行うという理屈になってしまっている点を塚原さんは指摘します。このような問題は決して我々と無関係ではなく、佐原の街が周囲の状況からたまたま町並み保存の方向に傾いたように、私たちが住む地域も同じようになる可能性があるのです。

 お話が終わった後も、参加者の方からたくさんのご質問をいただきました。新型コロナウィルスの影響に関するご質問では、祭などの無形の文化財のほうに影響が大きいと塚原さんは答えられました。感染症対策で、伝統的なイベントでは簡略化や変更を余儀なくされているものもあります。一方で、なかには代々行なってきた伝統を変更することに抵抗感のある地元の人もおり、変化に柔軟な制度と伝統に対するこだわりのダブルバインド状態に陥っている例もあると言います。伝統を守っているという自覚が、ある種の弱さをもたらすという塚原さんの言葉がとても印象的でした。


[アシスタント:増田悠紀子]

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