UTalk / うなぎ博物学

黒木真理

情報学環 准教授

第172回

うなぎ博物学

2022年7月のUTalkは水圏生命科学を専門とする黒木真理さん(情報学環 准教授)をお迎えします。海と川を行き来するうなぎは、昔から貴重な食資源として人々に利用され、日本各地でうなぎと人の豊かな文化が根づいています。一方、近年うなぎの資源量は大きく減少し、絶滅危惧種に指定されています。これから末永く魚と人が共存していくためには、私たちは天然のうなぎ資源をどのように保全していけばよいでしょうか。黒木さんは生物学的にうなぎの研究をされてきただけでなく、子供たちに回遊魚の興味深い生態や現在の資源状況について関心をもってもらうため、科学絵本やWeb図鑑の制作にも取り組んでいらっしゃいます。そうした海洋教育活動についてもご紹介いただきます。

U-Talk Report U-Talk Report

ㅤ土用の丑といえば、「うなぎ」。これほど身近な存在にもかかわらず、その生態はいまだ謎に包まれています。アリストテレスも「ウナギは泥から発生している」と信じていたほど、「ウナギの卵」は長いあいだ見つからなかったのです。いったい、私たちに身近なウナギはどこからやってくるのでしょうか?

7月のUTalkでは、難題であった「ウナギの卵」を探し続けた東大ウナギ研究の最前線から、海洋教育でも活躍中の黒木真理さんにお越しいただきました。

「【うなぎ】と聞いて多くの人が最初に想像するのは、ニョロニョロと泳ぐウナギの姿ではなくて、こちらかもしれません」と美味しそうな「うな重」の写真をしめす黒木さん。日本人とウナギの付き合いは古く、1000年以上前に編纂された万葉集にも、夏の滋養に「武奈木(ウナギ)」をすすめる和歌が登場します。

 ウナギを食する文化は海外にもありますが、それでもやはり、こんなにウナギが国民的に人気なのは日本だけだそうです。

しかし、ウナギが暑い日本の夏の食材として欠かせない存在になってもなお、「ウナギがどこで生まれているのか」は、長いあいだ誰も解明することができませんでした。実は、ウナギは日本の川で生まれているのではなかったのです。

1967年、台湾沖で体長5 cmほどのニホンウナギの幼生が発見されました。この発見を機に、東大のウナギ研究者たちは、1973年から広い太平洋で「ウナギの卵」を探求する航海を開始します。学術研究船「白鳳丸」に乗って、広大な海でプランクトンネットを曳いて、採集されるたくさんの生物の中から、時には24時間体制でウナギの卵や赤ちゃんを探し続けました。初めは揺れる船内の研究室で顕微鏡を覗くのは大変だったという黒木さんも1週間ほどで慣れ、「様々な色や形の不思議な海の生き物であふれるシャーレの中は宝箱のよう」と言います。写真で紹介してくれたサンゴのプラヌラ幼生やイセエビのフィロゾーマ幼生など、美しい生き物たちの姿に、一同、息をのみました。

広くて深い太平洋から小さい卵を見つけるので、ただやみくもに網を曳くわけにはいきません。卵の期間は短く、ふ化したばかりの小さな赤ちゃんはそう拡散していないので、ウナギの産卵場を突き止めるには、どれだけピンポイントに時間と場所を絞りこめるかが重要です。研究が進むにつれ、東大の塚本勝巳教授(現在、東大名誉教授)によって「夏の新月に、この海域に存在する塩分フロント(塩分濃度の異なる水塊の境界)付近で産卵が起こっているのではないか、という仮説が立てられました。また、魚の生活史履歴を反映する「耳石」と呼ばれる硬組織の化学分析から、水深170 m付近で産卵が行われていることも推測されました。そしてついに、探求の開始から約40年が経った2009年、日本から3000 kmも離れたグアム島付近の沖合で、ニホンウナギの卵が発見されたのです。ニホンウナギの赤ちゃんは、太平洋を海流に乗って輸送されて日本にたどり着いていました。そして、川や湖で5~10年ほど過ごした後、再びはるか南の海まで戻って産卵していたのです。

世界に分布するウナギの産卵場を追い求めて、「大学院生の頃は最長で半年間くらい研究船に乗って調査に参加していた」という黒木さんは現在、学生たちと一緒に日本各地の川や河口で成長期のウナギの生態や生息に適した環境を詳しく調べて、生息環境の保全管理に役立てようと研究に取り組んでいます。参加者の皆様からは、「イワナのように回遊しないウナギもいますか?」など、興味深い質問が次々とあがりました。

近年では、河川の環境変化やダムの建設により、ウナギが川に棲めなくなったり、育っても産卵場のある海に戻れなくなったりしているそうです。人間活動による乱獲もウナギの資源に深刻な影響を与えており、いまや、ニホンウナギは絶滅危惧種に指定されるほどに数を減らしています。海と川をダイナミックに回遊するウナギは、幅広い水域の多くの人間の影響を受けるため、保全には多くの人の連携が必要不可欠です。このため、黒木さんは現在、調査研究の経験をウナギの保全や海洋教育にも活かしています。例えば、2011年に東京大学総合研究博物館で特別展示「鰻博覧会」を開催したところ、大きな反響があり、その後、ウナギの特別展はフランスや台湾など海外の博物館にも波及したそうです。この「鰻博覧会」の展示物の一部は現在、小学校の廃校を利用した「スクール・モバイルミュージアム」として、再活用されています。さらに、黒木さんご自身も小学校での出張授業やメディアによる発信を展開されています。黒木さんが著した絵本「うなぎのうーちゃん だいぼうけん」は、UTalkを運営する大学院生にも大好評でした。移動が制限されるコロナ禍に入ってからは、いつでもどこでも見られるように、という思いから「鮭と鰻のWeb図鑑(https://salmoneel.com)」を制作されるなど、黒木さんの分野横断的な活躍は続いています。

当日は、白鳳丸での調査航海の様子を動画でご紹介頂いただけではなく、ウナギの養殖など社会的なトピックまで、幅広い話題で盛り上がりました。参加者の皆様からの多岐にわたるご質問からも、ウナギと人間の付き合いの深さとともに、私たち一人ひとりがウナギとの将来を考え、行動していく必要性を感じました。黒木さん、ご参加いただいた皆様、ありがとうございました。
[アシスタント:加藤千遥]