人文社会系研究科 助教
第169回
2022年4月のUTalkは、社会心理学を専門とする岩谷舟真さん(人文社会系研究科 助教)をお迎えします。「評判」を気にする私たちの行動は、必ずしも合理的なものにならないことがあります。「自分がこういう行動をとると、他人にこう思われるかもしれない」と、実際にはそう思われないかもしれないのに、他人の目を予測して自分の行動をあらかじめ制御するのです。岩谷さんは以前からこうした社会心理に注目してきましたが、コロナ禍における人々の行動にも同じ心理が表れていると考え、調査を進められています。例えば「自粛警察」のようなふるまいは社会に何をもたらすのか…など、参加者のみなさんと考えられればと思います。参加をお待ちしています。
ㅤウィズコロナ生活も3年目。「久しぶりに友達と外食したいな。でも、今のご時世、会食はちょっと気が引ける…」。こんな葛藤に心当たりがある人も、少なくないのではないでしょうか?
このような人々の心理の背景には、単なる感染への不安だけではなく、会食によって「他者からの評判が下がる」ことへの懸念が働いているのではないか、と人文社会系研究科の岩谷舟真さんは指摘します。なぜ、日本中に「自粛ムード」が生じたのか?それは、どのようなメカニズムで維持されているのか? 4月のUTalkでは、最新の研究結果をもとに、私たち一人ひとりの行動選択によって社会の中に「暗黙のルール」が形成されていく過程に迫りました。
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多くの人が「本当は○○したい」と思っているにもかかわらず、他者の視線を気にして、思い通りにはできない(しない)。
このように、一人ひとりが自分の本心とは相反する行動をとることで、集団の中に暗黙のルールが維持されている状態のことを、社会心理学では「多元的無知」と呼びます。この背景には、「他者からの評価の低下を過大に見積もる」という人々の傾向があるそうです。
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岩谷さんたちは、このような「多元的無知」のメカニズムが、私たちの感染予防行動にも関わっているのではないかと考えました。
実際、日本在住者を対象に「友人の居酒屋での会食を目撃した場合に、評価を下げるか」、また逆に「自分が会食しているシーンを友人が目撃した場合に、自分の評価が下がると思うか」などの項目を調査したところ、「実際には人々が想定したほどには他者からの評価は下がらない」ことを示唆する結果が得られているそうです。
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また、岩谷さんたちは、日本国内において「人の出入りが少ないコミュニティほど、多元的無知が生じやすい」(岩谷・村本2017)ことを明らかにしてきましたが、最近、特にコロナ下においては、「人と新しく関わる機会が少なく流動性の低い地域では、東京など人の流動性が高い地域よりも、感染予防行動をとる人の割合が高い」ことがわかってきていると言います。
新しい人と出会う機会が少ない「狭い世界」では、一度嫌われると容易に孤立してしまうため、人々はより他者からの評価に敏感にならざるを得ません。 特に日本では、人の入れ替わりが激しい米国と比較して、「協調性がある人が好まれるだろう」という思い込みがより強く(橋本 2011)、仮想の他者の目を意識しやすい傾向がある(Yamagishi et al. 2008)ことが指摘されてきました。
「感染予防行動をとらないと嫌われるだろう」という多元的無知によって集団内に暗黙の規範が生じる。 これにより、感染予防行動に同調する人々が増えると、ますます規範が強化されて、人々はより感染予防を徹底するようになる。このようなループが、日本の「自粛ムード」を維持する一因となっているのではないか、と岩谷さんは考えています。
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無意識のうちに他者からの評価を気にして暮らす私たちにとって、多元的無知というバイアス(錯覚)は案外身近なところに潜んでいるのかもしれません。
参加者の皆様からは、「錯覚をなくすにはどうしたらよいのだろうか?」「感染予防の観点からは、自粛ムードは良いことなのではないか?」といった質問が次々とあがり、一筋縄ではいかない問いに深く考えさせられました。
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コロナ下の窮屈な生活において、私たちは「個人の行動が社会によって制限されている」という風に捉えがちですが、「社会の中の暗黙のルールも、私たち一人ひとりの行動が形作っているのだ」という風に考えると、世界の見え方が少し変わってくる気がしますね。
当日は、15名ほどの参加者の皆様とともに、ホットな話題に議論が進みました。岩谷さん、ご参加いただいた皆様、ありがとうございました。
[アシスタント:加藤千遥]