教育学研究科・教授
第168回
2022年3月のUTalkは、臨床心理学を専門とする高橋美保さん(教育学研究科 教授)をお迎えします。わたしたちはみな、思うように生きられない生きづらさを抱えつつ、それでも何とか生き抜こうとする存在です。そんな生の手助けになるものはないでしょうか。その一つとして、高橋さんは「マインドフルネス」に注目しています。海外起源のものが多い心理療法の中で、東洋由来であるマインドフルネスにはどんな特徴があるのでしょうか。その実践や研究を通して、どんな「ケアしあうコミュニティ」が見えてくるのでしょうか。参加者のみなさんと考えられたらと思います。ご参加をお待ちしております。
2022年3月のUTalkは、「マインドフルに生きるということ」をテーマに高橋美保さん(教育学研究科・教授)にお話いただきました。
高橋さんは自己紹介として、ご自身が「学ぶこと・働くこと・生きることをぐるぐるしてきた」とお話しされました。もともと大学では社会学を学び、社会人を経験された後に、働く中で「心をケアすること」の必要性を感じ、そのようなケアの専門性が社会の仕組みとして機能していないという思いから、臨床心理の道に進まれます。
高橋さんはご自身の研究関心が「働くこと、生きること、個人がその人らしく生きること」にあるとおっしゃいます。高橋さんが社会人をされていた1990年代は、ちょうどリストラが社会問題化した時代でもあり、企業の意向で個人が思うように働けない状況が起こっていました。コロナ禍である現代においても、個人の問題ではなく、社会的な状況が個人を生きづらくさせています。
高橋さんは、研究だけではなく臨床心理士として企業内でのカウンセリングを今もつづけてらっしゃるそうです。多くの人の悩みを聞くと、悩みは人それぞれでありつつも、その根源には「思い通りに生きることができない」ことが共通していました。
「みなさんはこのような悩みを持つ人がいたら、どのように対応されますか?」と高橋さんは問いかけます。「どうやったら思い通りにできるか?」を一緒に考えることはある意味では正論なのだけれど、思い通りにならないことは往々にして起こる。「思い通りになりさえすればいい」というわけではないと高橋さんは言います。
そして高橋さんはむしろ、思い通りになることに固執することこそが、その人を追い詰めているのではないかと考え始めます。カウンセリングを行なっていると「なぜこうならないといけないと思い込んでいたのだろう?」と気づく人もいるそうで、この気づきが大切なのではないかと考えたのです。
カウンセリングに悩みを相談に来る人の中には、「ネガティブなことがある」という悩みを持つ人もいれば、「ポジティブなことがない」という悩みを持つ人もいるそうです。ですが、今までずっと頑張ってきたのにうまくいかないことが続いた時、さらにポジティブなものを生み出すために頑張るのはとてもエネルギーが要ります。さらにしんどくなってしまいます。
実は目指すべきところは「ネガティブなことがない」ことなのではないかと高橋さんは言います。当たり前だと思っていたことが、本当はとても大事なことなのだと気づくこと。既にあるものを見つめることができるようになること。これが重要なのです。
さらに高橋さんは心理療法の実践的な手法についてお話しくださいました。高橋さんは「内観療法」や「森田療法」といった東洋の心理療法に注目されています。これらの療法はその人の抱える問題に直接介入しないという点でマインドフルネスと通底するものがあると言います。ここには、自我をコントロールしようとする西洋に対して、自我から解放され、あるがままを受け入れる東洋という文化の違いが見て取れます。東洋的に執着を手放すことで本来の自我を発揮できるようになる。そこに本来のレジリエンスがあるのではないかと高橋さんは言います。
会の後半では、参加者のみなさんと共に3ステップの簡単な瞑想を行いました。高橋さんのお声がけで、自分の頭の中や体の感覚に注意を向け、徐々に意識を体全体に向けていきます。瞑想後には「ゆったりとした気持ちになりました」「お腹から体に展開できて面白かった」といった感想が出ました。日本でも知名度が高まるマインドフルネスですが、高橋さんは研究者として学術的な立場から扱う一方で、実践者としても研鑽を積む最中だとおっしゃっていました。
最後にマインドフルネスとの付き合い方について、大事なのは習慣化することだと言います。例えば歯磨きの最中、その歯磨き粉のフレーバーや歯の感覚に注意を向けてみる、そんな日常の些細な瞬間のなかで、ふとマインドフルな瞬間を取り入れることを高橋さんは勧められていました。
[アシスタント:増田悠紀子]