UTalk / シャケから紐解く人と魚の付き合い方

福永真弓

新領域創成科学研究科 准教授

第165回

シャケから紐解く人と魚の付き合い方

12月のUTalkは環境社会学を専門とする福永真弓さん(新領域創成科学研究科 准教授)にお話しいただきます。私たちの食卓に並ぶシャケやサーモン。彼らはどこで生まれ、育つのでしょうか。カリフォルニアや宮古市でフィールドワークを行い、水産業の歴史を辿った結果、見えてきたのは人工と自然が混ざり合った環境の姿でした。人工ふ化放流事業から養殖に至るまで、私たち人間はシャケを作ろうと試み、また、それを食べて自分の体を作ってきたのです。そこには、人と魚がこれまでいかに付き合ってきたのか、そして、これからどのように付き合っていきたいのか、という問いが潜んでいます。昨今ではゲノム編集や合成生物学といった言葉が取りざたされるようになりました。今回はシャケという身近な存在を紐解き、人間と生き物の付き合い方を考えたいと思います。みなさまのご参加をお待ちしております。

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2021年12月のUtalkでは、環境社会学がご専門の福永真弓さん(新領域創成科学研究科 准教授)をお招きし、「シャケから紐解く人と魚の付き合い方」というテーマでお話をしていただきました。
福永さんが魚のなかでも、特にサケに興味を抱いたのは、幼少期の思い出と関係しているそうです。福永さんはお父様のお仕事の関係で引越しを多く経験されました。引っ越した先は大体海の近くで、食卓にはいつも様々な魚が並んでいたそうです。岩手県にお引越しされたある日、通学路の軒先に大きな魚が干されていたそうです。この時はサケのシーズンだったようで、以来サケのことが頭から離れなくなってしまったと福永さんは言います。


一言に「サケ」と言っても、スーパーに行けば、「ノルウェーサーモン」や「ギンザケ」、「アトランティックサーモン」、「サーモントラウト」など、様々な種類のサケがあります。また、サケは、食用として日本人には馴染みのある魚ですが、食べ物としてだけでなく、海で育って川に帰ってくるというドラマチックなストーリーをもった魚として認識されてきました。


永らく重用されてきたサケは、明治の頃から資源管理としての人口孵化放流が始まりましたが、1970年代に入るとその技術の向上から、生殖自体をコントロールすることが可能になり放流数も増加していきます。ただし、同時期に養殖のサーモンの輸入量も増え、生食のサーモンが一気に広がっていきました。現在はポピュラーになっているお寿司のサーモンも、この時期以降に普及してきたものだそうです。


サケは私たちの口に合うようにますますコントロールされてつくられるようになります。例えばニジマスは、もともとはアメリカからやってきたものですが、現在は刺身用にサイズや肉質のコントロールがされています。ギンザケは、魚体の美しさではなく、「切り身」の美しさによって判断されます。このように、現代においてサケをみる目線というものは、変化してきていると言えるでしょう。


学問的には、このように家畜化された動物が野生の動物を駆逐するように広がっていくことを、生物多様性が減少してしまう「均質新生」と呼ぶそうです。このような現象を我々がどう捉えるのか、ということが一つの課題であると福永さんは指摘します。さらに、我々はそんなに多くの種類の魚を日常的に食べているわけではないにもかかわらず、サケに関しては「サケ」という一つの種類の魚のカテゴリの中に、先に見たような様々なタイプのサケが商品としてつくられているという状態にあります。


さらに、今我々が口にしているのは天然あるいは養殖のサケですが、現在では細胞農業のサケの開発が進んでいるそうです。これは、野生のギンザケから細胞を取ってきて、その細胞を培養することで切り身のサーモン肉とするものです。このような細胞農業は、気候変動などの地球の変化に伴い、活発に開発が進んでいます。人工的につくることから、ここでは生物自体を殺さなくてもすむこと、汚染のリスクから解放されるといったことなど、様々な意味で注目が集まっています。細胞農業では、これまで以上に切り身の美しさがデザインされていくことになります。


気候変動を背景に、サケをめぐる状況は今3つの分かれ道にあると福永さんはおっしゃいます。1つ目は、サケという種の保存を考えるのであれば、養殖での囲い込みではなく、ある程度の気候変動に適応しながら種を変化させることができる野生のサケを増やすという方向性。2つ目は、人間のコントロールできる養殖のサケをもっと増やしていくという方向性。3つ目は、先の細胞農業のように、生き物の概念を変えながら、命ではない肉を増やしていくという方向性です。


ここであらためて、「サケとは何だろう?」と福永さんは問います。現代のサケは、私たち人間が消費するために様々なはたらきかけを行ってつくられてきた歴史があります。今後、我々はサケとどのように向き合っていくのでしょうか?


最後に、福永さんはサケを考えることは人間らしさを考えることだとおっしゃいます。人間は本物のサケを食べられなくても困らないのでしょうか?あるいは、これまで人々がサケという種ともに様々な文化をつくり上げてきたように、これからもサケとともに生きることが人間らしい、と捉えることもできるでしょう。福永さんご自身は、「これからも、サケにはサケとして泳いでいてほしい。これは、私たちがどういう風景のなかで生きていくかということにもつながります。」とおっしゃっていたのが印象的です。


サケは私たちにとって、最も身近な魚の一つだと思いますが、こんなにも人間の手でそのあり方が変えられてきたのだということを今回の福永さんのお話を通して初めて知ることができました。今後は、コンビニのおにぎりやスーパーの切り身を見る目が少し変わっていきそうです。福永さん、参加者の皆さま、ありがとうございました。

[アシスタント:増田悠紀子]