UTalk / AIは行政を救えるか?

青木尚美

公共政策大学院 准教授

第159回

AIは行政を救えるか?

6月のUTalkは行政学を専門とする青木尚美さん(公共政策大学院 准教授)にお話しいただきます。行政が様々な課題を抱えるなか、行政学ではどのようにして市民から信頼される行政をつくれるか、日々研究が進められています。その最前線がAI(人工知能)の利用です。AIの利用は公務員の負担を減らし、サービスの利便性を向上させて行政への信頼を高める可能性がある一方、機械に頼った行政を信頼できるのか、という疑問も引き起こします。そこで青木さんは、心理学の理論を活用しながら、仮にAIが導入された場合に、市民はどのように反応するのかを実験的に研究されてきました。そこから新しい行政のあり方をどのように考えていけるのでしょうか。みなさまのご参加をお待ちしております。

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 2021年6月のUTalk(新型コロナウイルス感染症の影響でオンライン開催)では、行政学を専門とする青木尚美さん(公共政策大学院 准教授)をお招きしました。今回は「AIは行政を救えるか?」というテーマでお話ししていただきました。
 青木さんが専門としている行政学は、政治家ではなく公務員に焦点を当てる学問です。政治家とは違い、公務員は選挙で選ばれるわけではありません。しかし公務員は、私たちの生活に影響を与える意思決定を数多く行います。行政学の大きな関心は、公務員がどのように裁量権を行使すれば市民に信頼される行政を構築できるか、という点にあります。青木さんは特に、人工知能をどこまで、そしてどのように使うと市民に信頼される行政を構築できるか、ということを研究されています。
 移民の審査や学習カリキュラムの作成、再犯率の予測や婚活支援事業など、司法や行政において人工知能は活用されています。人工知能導入の利点としては職員の労働からの解放、コスト削減や業務効率改善などがあり、人工知能が行政の救世主であるようにも思えます。しかし人工知能の導入に対する課題はまだまだ山積しており、青木さんはその中でも特に人工知能と社会との整合、具体的には人工知能に対する社会の信頼や許容に注目しています。
 今回青木さんは、日本における人工知能活用事例に関連したご自身の研究を2つ紹介してくれました。1つはチャットボットによる問い合わせ対応に関する研究、もう1つは人工知能を活用した要支援者のケアプラン作成に関する研究です。この2つの研究は、理論面では心理学や人間工学を参考にしています。特に人間工学では、(1)機械のパフォーマンスが高いこと、(2)プロセス、つまり機械の内部で行われる処理が理解可能であること、そして(3)その機械が良い目的・意図の下で作れられたこと、という3要素が機械への信頼に寄与すると考えられているそうです。青木さんはこの知見を基に、人工知能への信頼について考察しています。そしてどちらの研究でも、インターネットパネルを利用してアンケート式の実験を行った、実証的な手法が使われています。
 チャットボットによる問い合わせ対応の研究では、使われる分野によってチャットボットへの信頼度が異なることがわかりました。例えばゴミの分別のことならチャットボットを信頼できるが、子育て支援に関しては信頼できない、といったことが観察されました。おそらくゴミ分別に関しては安心して相談できるようです。また、平等な対応や年中無休での問い合わせ対応が可能になる、など市民へのメリットを伝えるほうが、メリットを何も伝えない場合よりも信頼度が高まることがわかりました。そしてケアプラン作成の研究では、人工知能を活用することだけでなく、意思決定の過程に人間が関与していることを行政が明示的に伝えることで、人工知能を利用したサービスへの信頼度が高まることがわかりました。
 現時点では、人工知能を使う目的が何であるか、人間が意思決定の過程に関与するのか、そして人間と人工知能がどう役割分担するのか、の3点を行政が市民に伝えることで、人工知能を活用しつつ市民に信頼される行政が構築できる、と青木さんは考えています。行政学者、あるいは広く社会科学の研究者として、先進的な技術の活用を進めるだけでなく、技術と人間社会との整合性について考えて、研究を通じて発信していきたい、とおっしゃっていました。
 会の後半は、参加者を交えた議論の時間でした。全体を通して、人工知能を活用した司法や行政における機械の役割に関する質問やコメントが多かったような印象を受けました。また個人的には、機械が行っている処理の理解度が機械への信頼につながる、という点に興味を持ちました。というのも私は理工系の学生で、講義などで人工知能の基礎を学ぶ機会もあり、世の中全体で見れば人工知能の仕組みを理解している側だと思います。そのため他の参加者の方に比べて自分は人工知能を信頼しているのだろうか、と気になりました。
 人工知能という言葉は、線形回帰のような単純なものから専門家以外にはよくわからない複雑なものまで様々なモデルを一緒くたに指しているようで、掴みどころがないように私は感じてしまいます。それでも伝える内容を工夫することで、社会からの信頼を維持しつつ人工知能を活用する可能性があるということが、青木さんのお話をうかがってわかりました。青木さん、参加者の皆さま、ありがとうございました。

[アシスタント:石井秀昌]