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鳥海不二夫

工学系研究科システム創成学専攻 教授

なぜトイレットペーパーは売り切れたのか

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概要

2021年4月10日のUTalkでは、計算社会科学をご専門とする鳥海不二夫さん(工学系研究科システム創成学専攻 教授)をゲストとしてお招きし、「なぜトイレットペーパーは売り切れたのか」をテーマにお話いただきました。

「計算社会科学」という学問は、まだあまりなじみのない分野かと思います。実際、本日の会でこの学問の名前を聞いたことがある人はいますか?という鳥海さんからの問いかけに、ほとんどの参加者の方が聞いたことがない、とお答えになっていました。では計算社会科学とはどのような学問なのでしょうか。

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という言葉はビスマルクの言葉ですが、これを現代に置き換えてみると、「自分の思い込みや経験からだけで考えるのではなく、外部の情報を取り入れて考えること」だと鳥海さんはおっしゃいます。

インターネットやスマホを持つことが当たり前になった現代では、私たちの日々の行動は何らかのデジタルデータとして記録に残っています。例えば、みなさんのTwitterでの発言や、 Facebookでの投稿、そしてGPSや交通系ICカードによる物理的な移動データまで、従来は記録に残らなかった私たちの日常の多くがデジタルデータに変換され記録されています。このようなデジタルデータの量は、昨年には世界中で40ZB(ゼタバイト)にも及んでいるといいます。計算社会科学の分野では、このようなビッグデータを用いて研究を行ないます。

みなさんも、昨年の3月頃に「トイレットペーパーは中国製が多いからコロナの影響でトイレットペーパーが不足する」という話を耳にしたことはなかったでしょうか?私の近所でも、スーパーやドラッグストアではトイレットペーパーやティッシュが品薄になっていましたが、実際にドラッグストアでのトイレットペーパーの売上推移をみると、昨年の2月27日に売上のピークを迎えているそうです。鳥海さんたちは、その前後における Twitterのツイートを分類し、「トイレットペーパーが品薄である」というツイートを目にした人は実際には少ないこと、それよりもその後の「トイレットペーパーが足りなくなるという情報はデマである」という否定の情報を目にした人のほうがはるかに多く、前述の売上推移と比較すると、そのような不足を否定する情報が拡散された時期と売上のピークが一致しているということを明らかにしました。また、この一連の流れの中で、実際は「コロナウィルスの影響でトイレットペーパーがなくなる」というデマが多く流れたわけではなく、「トイレットペーパーが不足するというデマが流れている」というツイート、そして「不足するという情報は間違っている」という否定の情報が流れただけであるということもわかりました。

このことから、真実ではない情報をただ訂正することが良いことなのかどうか疑問であると鳥海さんは指摘します。後の調査でも、「トイレットペーパーが不足する」という情報について63.2%の人が情報を信じていなかったという結果がでていますが、それにも関わらず、実際に多くの人たちがトイレットペーパーを購入していました。

このツイートの分析から、実際は「トイレットペーパーが不足する」というデマが多く流れたわけではなかった、ということがわかりましたが、では「デマの存在がデマ」という風に誰が疑えただろう?と鳥海さんはおっしゃいます。接する情報全てをファクトチェックすることは不可能です。そして、先の事例から、ファクトが必ずしも社会的な混乱を収束させるわけではないこともわかってきました。鳥海さんは、基本的に人は誤った情報に騙されてしまうことを認め、そういった情報からくる混乱を最小限に抑えるこという「フェイクニュースとともに生きること」がこれからの社会において重要であり、騙されとしてもそこから立ち直ることができる「レジリエンスな社会」が、これからのあるべき社会像なのではないかとお話を結びました。

参加者の皆様からの質疑では、いつにも増してたくさんのご質問が飛び交いました。先生は様々なご質問にお答えいただいていましたが、特に興味深かったのは、「普段の生活のなかでこれがフェイクかどうかなんてみなさんあまり考えないでしょう。だって今喋っている私が本当に東大で計算社会科学を研究している鳥海不二夫かどうかだって、本当はわからないでしょう?」というご指摘は、まさに私たちの日常がファクト(だと思っている/信じている)情報に基づいて進行しているのだということに気づかされた瞬間でした。新型コロナウィルスに関するデマがいくつかお話のなかで取りあげられていましたが、「納豆がコロナに効くかどうかとか別に混乱はおきていません。どっちでもいいやつは、ほうっておきましょう、でもいいのではないでしょうか」。

疑ってもしょうがないじゃない、というある意味楽観的な姿勢が、「レジリエンスな社会」に必要なのかもしれません。

[アシスタント:増田悠紀子]

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