総合文化研究科 先進科学研究機構 准教授
第156回
2021年3月のUTalkは、総合文化研究科 先進科学研究機構の准教授である柳澤実穂さんをお招きしました。タイトルにある「ソフトマター」とは何なのか、生物に対して「ソフトマター物理」からどのようなアプローチができるのかということについてお話しいただきました。
柳澤さんの研究対象であるソフトマターの代表例である「生物」は非常に幅広いものです。一例として「大きさ」を軸にとってみると、最も大きなものは私たち人間を含めた生物個体、最も小さなものは分子・原子となります。そのため、情報学、物理学、農学、化学など様々な専門性をもつ人たちが生物にアプローチしています。柳澤さんが専門とするソフトマター物理はその中で、生物個体よりも小さく、分子よりも大きい「細胞」のスケールを扱っています。その大きさは髪の毛の太さの1/10から1/1000で、ぎりぎり目に見えるか、みえない大きさだそうです。
では、ソフトマター物理における「ソフト」つまり「やわらかさ」とはどのようなものなのでしょうか。「やわらかさ」とは、物質が集まってある程度の大きさをもったときに出てくる概念で、分子の「集まり方」によって決まります。例えば、アイスバーを作るとき、シャリシャリとした食感を生み出すために冷却速度のコントロールが重要となりますが、これは同じ材料であっても氷のサイズ、つまり水分子の「集まり方」を変化させることで「やわらかさ」が変わることを意味します。このような分子の集まり方について研究するのが、ソフトマター物理の分野です。
ソフトマター物理のアプローチによって柳澤さんが取り組んでいるのが、医薬用カプセルの開発です。医薬用カプセルとは、体の中の必要なところに届くまで、医薬品を守るためのカプセルです。一般に細胞の表面は薄い膜で覆われていますが、これに似た膜を人工的に作り、カプセルとして利用しています。体にもともとある細胞膜と似た性質であるために、人の体内に入れた時に分解されることなく、医薬品を運ぶことができます。この膜は親水基(水が好きな部分)と疎水基(水が嫌いな部分)をセットで持った物質が多数集まり、親水基を外側、疎水基を内側にして球状になることでできています。まさに、物質の「集まり方」にアプローチしています。
このカプセルの課題は非常に割れやすいことです。この課題に対して、カプセルを安定させるために表面に足のようなものを生やす、医薬品の目的地にくっつきやすい物質を付加するなどの対策が検討されてきました。しかし、カプセルの表面に物質を付加すると、それを体内に取り込んだ人がアナフィラキシーショックを起こしてしまうことがあります。では、アナフィラキシーショックの原因をつくらず、カプセルを安定させる方法として、どのようなものが考えられるでしょうか。
そこで、柳澤さんのチームが考案したのが、カプセルの「内側」に骨格となる構造体を作りカプセルを支えること、その構造体としてDNAを用いることです。この方法であれば、カプセルの表面に物質を付与することはないので、アナフィラキシーショックを引き起こすことはありません。DNAは4種類のパーツから構成されており、この並び順を変えることで、立体的な構造を含め様々な形を生み出すことができるのです。次の課題は、硬すぎずやわらかすぎない、目的地にたどり着いた時に壊れて中に入っていた医薬品を外に出すことのできるカプセルを作ることです。柳澤さんの研究はこれからも続きます。
アシスタントである私自身も「ソフトマター物理」という馴染みのない分野に身構えていましたが、物質の「集まり方」に着目する研究分野の考え方は意外にもシンプルでわかりやすいものでした。具体例を交えた柳澤さんのお話が非常に理解しやすかったこともあり、参加者からは様々な質問が寄せられました。
柳澤さん、参加者のみなさま、ありがとうございました。
[アシスタント:宗野みなみ]