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李怡然

医科学研究所 公共政策研究分野 助教

遺伝するがんを家族にどう伝える?

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概要

2月のUTalkでお迎えする李怡然さん(医科学研究所 公共政策研究分野 助教)は医療社会学と生命倫理を専門にされています。特に注目されているのが、遺伝するがんについて家族にどう伝えるのか、という問題です。乳がんや卵巣がん、前立腺がんの一部には、遺伝性のものがあり、現代医学によって予防や治療が可能な病気ですが、一方で、家庭内で話題にする難しさをはらんでいます。「命にかかわることだから早く伝えたい」「でも遺伝しても必ず発症するわけではないのに、将来の結婚や子どもを持つことをためらってしまうかもしれない」。こうした心理も働くなかで、いかにして家族によるコミュニケーションを支援できるのか。日本の当事者の状況や、海外でのサポートの試みもふまえながらお話しいただきます。みなさまの参加をお待ちしております。

 2021年2月のUTalk(新型コロナウイルス感染症の影響でオンライン開催)では、医療社会学と生命倫理を専門にされている李怡然さん(医科学研究所 公共政策研究分野 助教)をゲストにお招きしました。テーマは遺伝性のがんについて家族とどう話すかというものです。

 李さんのお話は、がんの中には遺伝するものもしないものもある、ということから始まりました。「がん家系」という言葉をよく耳にしますが、家族性のがんのすべてが遺伝によるわけではありません。家族は食生活など生活環境を共にしており、遺伝以外にも共通するがんの要因が考えられるからです。今回のトピックは家族性がんよりも狭い遺伝性がん(遺伝の要因が強いがん)でした。

 遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(HBOC)は遺伝性がんの1つです。数年前にアンジェリーナ・ジョリーさんが、遺伝子検査の結果HBOCと診断されたこと、そして両乳房と後に卵巣を予防的に切除したことを公表したことで、広く知られるようになりました。HBOCの方は乳がんや卵巣がんをはじめ、男女ともにがんになりやすいことがわかっているそうです。HBOCは原因遺伝子BRCA1/2の変化が、50%の確率で親から子に受け継がれます。

 HBOC当事者の方はがんになりやすい一方で、医療の進展に伴い、早期発見や治療の効果を期待できるようになってきました。つまり遺伝子検査を受けてリスクを把握するメリットが大きく、医療者の立場で考えれば、できるだけ検査を受けて血縁者に情報共有することが望ましいと言えます。ここで李さんは、医療者ではなく当事者も同じように思っているのだろうか、という問いを立てました。そもそも自分に遺伝性がんのリスクがあるか知りたいか。リスクがあるとわかったときに健康な臓器を予防的に切除したいか、そして家族やパートナーに伝えたいか。反対に自分が家族やパートナーに打ち明けられる側だったら、どう反応するだろうか。様々な疑問が浮かんできます。

 李さんは医療社会学のアプローチで、このテーマに取り組みました。医療社会学は医療者、当事者、その周辺の人々など、病い、健康、医療をめぐる人々の考えや行動を明らかにする学問です。李さんはHBOCの当事者やその周りの人にインタビューをしました。話を聴いていく中で、同じ当事者でも様々な思いを抱える人がいることがわかってきたそうです。例えば自分の子どもに遺伝性がんのリスクを伝えたい人の中には、子どもにも遺伝子検査を受けさせたい人もいれば、リスクを伝えられれば十分だという人もいました。反対に伝えたくない人の中にも、子どもの結婚や出産の足かせになることを心配して伝えられない人もいれば、知らぬが仏、伝えない方が本人のためによいと考える人もいたそうです。

 李さんはインタビューを通してわかったこととして、家族に伝えたいメッセージは人それぞれであること、伝えたくない人にもそれなりの理由があること、そしてほとんどの人が家族への告知について医療者と相談する機会や具体的な助言を得ていないことを挙げました。遺伝性がんのリスクの告知はゴールのように思われがちですが、当事者はそもそも検査を受けるのか、その結果を家族などに伝えるか、伝えたあとで家族などをどうフォローしていくかなど、多くのことを判断しなければいけません。がんに限らず遺伝性の病気一般に言えることですが、告知に関連するプロセス全体を視野に入れて支援を考える必要がある、とおっしゃっていました。今後、遺伝医療を専門にしていない医療者や、一般の人々の間でも、遺伝性の病気に関する理解が浸透していくことが期待されます。

 日本と対照的に、子どもの結婚や出産への影響を心配する声が欧米の調査ではあまり見られていない、という点が私には印象的でした。参加者も交えた議論の中では医療者や非当事者の視点に立った質問やコメントもあり、20人程度の場の中でも、同じ状況が視点によって大きく異なって見えることを感じました。日本と欧米の間でも、UTalkの中でも、自分が想定していなかった考え方に出会うと驚くことがあります。そしてこの差を埋めるためについ批判的になり、相手を説得しようとしてしまいがちです。しかし李さんのお話を通して、異なる立場の人の想いや考えはわからないという前提に立って話を聴くことが、違いに振り回されず互いの視点を把握するために重要なのだろうと感じました。

 李さん、参加者の皆さん、ありがとうございました。

[アシスタント:石井秀昌]

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