国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 教授
第151回
10月のUTalkは、代数幾何学がご専門の伊藤由佳理さん(国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構教授)をお迎えします。今回は「同じ」ということをちょっと真面目に考えてみると、散らかった部屋が片付けられるという数学のお話です。コロナ禍で、部屋の片付けをしようと思った人は少なくないでしょう。そのときどうやって片付けるか、うまい方法を思いついた人もいれば、結局、片付かなかった人もいるかもしれません。数学では「分類」と呼ばれる完璧な片付け方があります。3名の日本人のフィールズ賞受賞者は皆、代数幾何学者で、そのうち2名は「代数多様体の分類」で受賞しています。代数多様体の分類で重要な代数多様体の特異点や特異点解消の研究者であり、8月に岩波新書『美しい数学入門』を出版された伊藤さんに、身近な視点から美しい数学の世界をご紹介いただきます。みなさまのご参加をお待ちしております。
2020年10月のUTalkでは、代数幾何学がご専門で8月に岩波新書『美しい数学入門』を出版された伊藤由佳理さん(国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 教授)をゲストにお招きしました。今回は対面とオンラインのハイブリッドで、久しぶりにUT Caféでの開催でした(筆者はオンラインで参加しました)。伊藤さんは「同じ」ということを切り口に、位相幾何学、特異点解消など、一見私たちとは無関係にも思える数学の世界を紹介してくれました。
伊藤さんのお話は、部屋の片づけを数学的に考えるところから始まりました。部屋にあるモノを整理するためには、何を同じ引き出しにしまうか、ルールを決めなければいけません。ここで役立つ数学的な考え方が「同値関係」です。a~bが「aはbと~である」関係を表すとき、関係~が同値関係であるとは、~が3つの条件:(1)a~a、(2)a~bならばb~a、(3)a~bかつb~cならばa~c、を満たすことと定義されます。例えば「aはbと同じクラスである」は同値関係ですが、「aはbと仲良しである」は(3)を満たすとは限らず、同値関係ではありません。クラスで仲の良い人と班を作ろうとしてもうまくいかないのは、数学的に考えると、分類のルールに同値関係ではないものを使ってしまったからなのです。同値関係であるようなルールを使えば、うまくモノや人を分類することができるかもしれません。
ここから話題は、図形の分類に移りました。私たちは、大きさも形も等しい図形(合同)は同じ図形だと判断します。また拡大縮小しただけの図形(相似)が同じ図形だと考えることもあります。そして四角形、三角形、円、といった分類の仕方もあります。ここで伊藤さんは、引っ張ったり縮めたりするだけで行き来できるならば同じ図形だと考える、位相幾何学という分野の考え方を紹介してくれました。この考え方では、穴がなければ四角形も三角形も円も同じ図形ですが、穴が1つあるドーナツ形と穴がない円は異なる図形です。急に難しい話になったぞ、と思っていると、伊藤さんは鉄道の路線図を取り出しました。たしかに、穴が1つある閉じた線なら、大きさや形が違っても山手線のことだとわかります。路線図は、位相幾何学の考え方が使われている身近な例でした。
そしてお話の最後は、伊藤さんの専門でもある特異点、特異点解消についてでした。これまた馴染みのない言葉でしたが、日本人でフィールズ賞を受賞した3人の研究者と縁のあるテーマで、最近流行の機械学習や、MRI、CTのような医用画像処理においても重要な話題だそうです。位相幾何学と路線図、特異点とMRIなど、聞き慣れない数学の話題と身近なテーマのつながりを伊藤さんがお話しするたびに、参加者の皆さんから驚いたような反応がありました。
私は数字や数式が主役に思える高校までの数学と違い、大学以降の数学ではより抽象的な議論が多く、難しいと思っていました。しかし今回のUTalkでは、部屋の片付けやクラスの班分けなど、数字・数式で表現しにくい対象も扱えるからこそ、参加者も数学を身近に感じられたことが印象的でした。伊藤さん、対面やオンラインで参加してくださった皆さん、ありがとうございました。
[アシスタント:石井秀昌]