UTalk / 化石と遺伝子で探る脊椎動物進化史

平沢達矢

理学系研究科 准教授

第148回

化石と遺伝子で探る脊椎動物進化史

7月のUTalkは、脊椎動物の古生物学と進化発生学を専門とする平沢達矢さん(理学系研究科 准教授)をお迎えします。恐竜など古生物の姿かたちや生態は、化石を現在生きている生物と比べることで復元されます。そのため、「現在は過去を解く鍵である」と言われることもあります。しかし、一方で、平沢さんによると、過去は現在を解く鍵でもあるのです。たとえば、横隔膜。これは私たち哺乳類にしかない筋肉で、他の筋肉と異なり内臓を仕切る位置にあります。なぜ哺乳類だけでそのような構造ができるのか、その解明を進めるためには現在の動物についての発生学研究に加えて、大昔の動物の化石からの情報も必要でした。化石と胚発生を同時に研究していくとどんなことが見えてくるのでしょうか?みなさまのご参加お待ちしています。

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2020年7月11日のUTalkでは、脊椎動物の古生物学と進化発生学を専門とする平沢達矢さん(理学系研究科准教授)をゲストとしてお迎えし、「化石と遺伝子で探る脊椎動物進化史」をテーマにお話ししていただきました。

 平沢さんは、進化的新規形質の起源の解明を専門にされています。これは、たとえば魚類のヒレが陸上動物の手足になったり、恐竜から鳥の翼へと進化したりと、その形を劇的に変えた器官に注目するものだといいます。しかし、生物の進化は学校の教科書でもなかなか扱われず、大学ではじめて勉強する人も多いのだとか。平沢さん自身がこの道に進んだのは、子どもの頃に読んだ図鑑の恐竜が大好きで、そこから大昔の生物の研究がしたいと思ったことがきっかけだったそうです。

 まず、実物から型取りされたティラノサウルスの歯の模型を見せていただきました。前後にギザギザの溝があり、ステーキナイフのように獲物の肉の繊維を切るために特化していました。このように、形と機能の関係を明らかにすることで、絶滅した生物のことを研究することができるのです。  のみならず、今生きている生物から、過去の生物のことがわかるのだといいます。たとえば、現在の生物の研究から、動物の筋肉が出せる力はその断面積に比例することが知られています。たとえば、恐竜と比較的近縁な今もいる生物、ワニなどと比較することで、ティラノサウルスの頭骨についていた筋肉の断面積を推定することができ、その咬む力がどれくらいであったかもわかってしまうのです。  また、化石はただの石ではなく、骨の微細な構造を保存しており、断面を顕微鏡で見ると、その持ち主がどのくらい成長したのかが年輪のように分かるそうです。ティラノサウルスは10代の頃に成長期を迎え、20歳前後で成長を完了していました。ちょうど人間に似たスパンだったのです。このように、現在の動物の情報を過去の動物に応用することで、個体レベルのみならず、過去の生態系の様子やその変遷までも理解することにつながります。  「現在は過去を解く鍵である」という平沢さんの言葉が印象的でした。

 逆に、現在の生物についての研究だけではわからない問題を解く鍵が、化石の中にある場合もあります。今では見られなくなってしまった生物の形の多様性を見ることで、現代の生物がなぜ今の形に至ったのかの理由が解明できるのです。現代の生物は、進化することができた生物のうちのさらに一部分にすぎません。

 これを示す最も身近な例のひとつが、横隔膜なのだといいます。横隔膜は、頚から伸びる横隔神経によって支配される、胸腔と腹腔を隔てるシート状の筋で、いうまでもなく換気機能を担う器官です。脊椎動物の肺は、内部構造を複雑にすることによって表面積を増やせば、酸素吸収の効率性を上げることができます。しかしそのことによって逆に、肺は換気のための伸縮がしにくくなってしまうというトレードオフの関係があります。  哺乳類以外の動物では、肋骨を動かすことで呼吸していますが、これでは内臓が動いてしまい、効率があまり良くありません。一方、哺乳類は横隔膜を持っていたことによって、複雑な肺構造が進化しても大丈夫でした。あまり知られていないのですが、横隔膜は哺乳類しか持っていない筋肉なのです。  哺乳類が地上の「支配者」となれた発端は、横隔膜の進化にあるとも言えるのです。しかし、その進化は長らく謎でした。なぜなら、現在の哺乳類はどれも横隔膜を持っており、その有無に関する比較研究ができなかったのです。

 そこで、いろいろな生物の発生段階を比較する、進化発生学の出番です。  この場合に鍵となったのが、移動性筋前駆細胞(MMP)です。これは、胚発生でできる体幹部の分節構造をなくして、ある特有の遺伝子セットを発現しながら、離れた場所へ移動し、そこで筋肉に分化するという細胞です。横隔膜もMMP細胞から発生することから、同じMMP細胞である手足や舌の筋肉が進化の中で変化して横隔膜になった可能性も考えられていました。しかし依然として、発生学からだけでは、どの筋肉が進化して横隔膜になったのか、はっきりとしたことはわかりませんでした。  一方、絶滅した動物でも脊髄神経の配置を化石骨格の形態からある程度推定することができ、筋肉を支配する脊髄神経の配置と対応関係があるMMP細胞が生じる位置についても推定することができることがわかりました。今度は古生物学の出番です。  様々な化石種の肋骨の形態を調査したところ、哺乳類の祖先では肩の位置が現在横隔膜を作っている位置にあったことがわかったそうです。つまり、哺乳類では祖先と比べて肩の位置が下がったが、横隔神経のある場所はそのまま残ったのです。そしてその場所にある肩甲下筋こそが、横隔膜の進化的起源である可能性が高いといいます。

 発生学的証拠であるMMP細胞という共通性だけではわからなかった横隔膜の進化的起源の謎を、化石から祖先の動物を研究する古生物学と組み合わせることで、解明することができました。平沢さんは、「過去は現在を解く鍵である」と続けます。現在ある多様性を理解するためには、化石にしか残っていない情報も、重要な鍵となるのです。

 質疑応答の中で印象的だったのは、祖先から進化した生物もその多くが絶滅してしまっている、というお話でした。一時的には環境に適応していても、隕石の衝突などでまた環境変動が起こると、生き残れないことがあるのだといいます。逆にそんなとき、進化しなかった古い構造のままの生物が生き残ることもありました。  変化するものが必ずしも残ってきたわけではないのです。残ったものと残らなかったもの、その双方が、今を生きるものの体の中にその痕跡をとどめています。今の私たちに遺されているのは、その長い生物の歴史に常に立ち返りながら、現在の命との往還を試み続けることなのだと感じました。

 平沢さん、参加者の皆様、貴重なお話をどうもありがとうございました。

[アシスタント:桐谷詩絵音]