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青木かがり

大気海洋研究所 助教

マッコウクジラ目線で調べる行動

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概要

6月のUTalkは、鯨類の行動生態を専門とする青木かがりさん(大気海洋研究所 助教)をお迎えします。マッコウクジラは私たちの誰もが知っている巨大海洋生物ですが、実は彼らが海の中でどのように暮らしているのか、特に深海でどのような行動をしているのかは謎につつまれていました。海の中の暮らしは見えないという明白な事実。この事実を乗り越えるため青木さんが取った戦略とは、マッコウクジラの体にカメラと記録計を取り付けるという「バイオロギング」でした。これによってマッコウクジラ目線からクジラの睡眠や食事のあり方が見えてきており、さらにはダイオウイカとどのように格闘しているのかも明らかになると期待されています。その一方で、バイオロギングのための機材開発やクジラへの取り付けには多くの苦労も伴いました。そんな研究の挑戦と魅力についてうかがいます。みなさまのご参加お待ちしています。

 2020年6月のUTalkには、大気海洋研究所の助教であり、鯨類の行動生態を専門とする青木かがりさんをお招きしました。オンラインで開催したため様々な場所からアクセスいただき、当日の参加者は50名を超えました。

 今回のお話のタイトルは「マッコウクジラ目線で調べる行動」。そもそも青木さんはなぜクジラの研究をすることになったのでしょうか。青木さんとクジラとの出会いは、青木さんが大学生の頃に遡ります。サークル活動で訪れた小笠原で、目の前を悠々と泳ぐクジラの姿に魅了されました。「クジラのことをもっと知りたい」との思いから、船に同乗することができないか、全国のホエールウォッチングを主催する団体に電話をかけ続けました。ついには、高知県の宇佐ホエールウォッチング協会でボランティアをさせてもらえることに。当時通っていた大学を休学し、協会の仕事を手伝いながらクジラ探しを続けました。クジラを観察すればするほど、クジラについてわかることよりも、わからないことの方が増えていきます。そして鯨類の専門家である今も、調べても調べてもわからないことだらけだと、青木さんは話します。

 そんな奥の深いクジラについて、青木さんはクイズを交えながらわかりやすく紹介していきます。カバに似た姿であるクジラの祖先は、今から約5000万年前に陸から海へ進出しました。人間が地球に登場するはるか前から、クジラは少しずつ海での暮らしに適応し、海において社会を築いてきました。彼らの暮らしは種によって異なります。例えば、口の中に歯を持つ、ハクジラはイカや魚を一匹一匹食べますが、歯のかわりにヒゲを持つヒゲクジラは小魚やオキアミなどの群れをいっぺんに食べます。また、ハクジラの仲間の中でも、イカを好むか魚を好むかによって歯の数など体の特徴に違いが出てきます。

 多様な鯨類の中でも青木さんが特に注目しているのがマッコウクジラ。彼らが潜る海の中・深層には非常に多くの生物が生息していますが、その生態はよくわかっていません。マッコウクジラとダイオウイカが戦うイラストは有名ですが、あの光景を実際に見た人は誰もいないのです。謎に包まれたマッコウクジラの捕食の様子を撮影するため、青木さんは動物の体にカメラと記録計を取り付ける「バイオロギング」という手法を用い、3年間のプロジェクトに取り組みます。

 調査をするにはまず、機材づくりが必要です。クジラの皮膚はつるつるしていて機材を取り付けるには吸盤が最適。カナダのホームセンターで売られている自動車用の吸盤を加工して手作りで取り付け器具を作っていたのですが、吸盤が廃盤となってしまい、現在は型から特注しているとのこと。そして、クジラに取り付ける前に行う実験では、クジラに見立てたホワイトボードめがけてくっつけては改良を重ねるのだそう。ここでしか聞けない裏話に参加者はますます惹き込まれます。

 そしていよいよ、調査対象地である小笠原へ。小型ボートに乗り込み、長い棒の先に吸盤タグを取り付け、クジラの背後からそっと近づいてタイミングをはかります。揺れる船の上から狙いを定めるのは至難の技です。プロジェクトの1年目には、計3頭に機材を取り付けることに成功します。早速、カメラからデータをダウンロードし映像を確認していきます。しかし、カメラの光量が足りなかったためか、そこに写っていたのは真っ暗でぼんやりとした映像でした。

 1年目に得た気づきから、カメラの光源の改良に取り組み、プロジェクトの2年目後半から3年目前半にかけて計10頭のマッコウクジラに機材を取り付けました。改良の甲斐あって1年目より鮮明な画像の撮影に成功しました。機材を取り付けた個体のすぐ近くを泳ぐ別個体が撮影されており、彼らは深海でも近接して遊泳することが明らかになりました。しかし、餌を食べた痕跡は写っていたものの、捕食の瞬間は撮影できませんでした。

 捕食の瞬間を捉えるためには、クジラから離れたところから撮影する必要があるのではないか。そこで、クジラに張り付いた吸盤からカメラが垂れ下がる、曳航式タグを開発し、撮影を試みます。プロジェクトの期間は3年間。もう後がありません。小型ボートから狙いを定め、クジラに取り付けます。すると、いつもはすぐに潜っていくクジラが海面でぐるぐると回り始めました。そのまま1時間が経過し機材はクジラから外れてしまいます。どうやらクジラは、体にピッタリと張り付くものには抵抗が少ないものの、自身を追いかけるように付いてくる曳航式タグを嫌がり、取り外してしまったようです。

 3年間のプロジェクトは終了。決定的な瞬間を撮影することができず、青木さんは一時落ち込んだそうですが、得られたデータから言えることがいくつもありました。まず、捕食行動について、これまで深海で餌を待ち伏せするという説、積極的に餌を探査するという説の2つが主に唱えられていましたが、今回得られたデータから、後者である可能性が高いということがわかりました。また、マッコウクジラの深海での捕食行動を調べていくうちに、海面付近で不思議な姿勢で休んでいることがわかりました。マッコウクジラは海面に対して垂直に、つまり立ったような状態で浅いところでじっとしていることから、寝ているのだと考えられます。なぜそんな姿勢で寝るのか正確にはわかっていませんが、それがクジラの楽な姿勢なのではないかと青木さんは話します。クジラの頭部には水より軽い油が多く含まれ、普段は空気を肺に溜め込んでいるため水面に対して水平な状態なのですが、空気を吐くと、軽い頭が上になって浮くのだそうです。

 捕食の瞬間を撮影するという夢も追い続けています。現在、共同研究者がクジラの上を歩いて撮影するロボットの開発を進めているそう。参加者からは、船上からではなく泳ぎながら機材を取り付けられないか、クジラにくっついていることの多いコバンザメにカメラをつけられないか、などのアイデアが挙がりました。青木さんはそれらのアイデアに共感した上で、ドローンなど新しい技術の活用が有効なのではないかとお話をされました。

 失敗を重ねつつ、そこから得た気づきをもとに工夫を凝らし改良を重ねていく。お見せいただいた動画や、青木さんの語り口から、地道な取り組みによって少しずつ夢に近づいていく、苦労や興奮が伝わってきました。参加者からの関心も高く、たくさんの質問が飛び交っていました。青木さん、参加者のみなさま、ありがとうございました。

[アシスタント:宗野みなみ]

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