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小西祥子

医学系研究科 准教授

「妊娠しやすさ」を科学する

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概要

4月のUTalkは、人類生態学を専門とする小西祥子さん(医学系研究科 准教授)をお迎えします。もともとトンガでフィールドワークされていた小西さんは、トンガの人々は肥満でもなぜ不妊が少ないのかを疑問に感じました。逆に、やせている女性の多い日本では、やせていることによる不妊が多いのではないだろうか、他にも原因はあるのだろうか…?そこから始まったのが「妊娠しやすさ」の科学です。ただ、「そもそも分析できるデータがない」「子どもができないことにも様々な段階があり、実は『不妊』と一言で定義できない」など、研究を始めるだけでも多くの課題がありました。そうした課題に一つずつ取り組みながら、いま「妊娠しやすさ」の何が見えてきたのでしょうか。みささまのご参加をお待ちしています。

 2020年4月のUTalk(新型コロナウイルス感染防止のためオンライン開催)では、医学系研究科で人類生態学を専門とされている小西祥子さん(准教授)にお越しいただきました。今回のテーマは「『妊娠しやすさ』を科学する」です。

 人類学に近い分野から人間の健康について研究している小西さんはまず、地球上の人類最後の到達地についての質問から今日のお話をはじめました。実は人類最後の到達地とはポリネシア、およそ1000年前に人類が到達した地だそうです。

 小西さんは2002年から2006年までポリネシアの国々のなかでもトンガに住んで調査を行いました。トンガという国の特徴として海外に在住者が多く、トンガ国内の人口が10万人であるのに対し、海外の人口は50万から60万人ともいわれるともいわれるとのことでした。こうした背景にはトンガは東京と変わらないぐらいの物価であるのに対し、賃金は10分の1程度のため、海外に移住した人による仕送りによって生活が成立しているという事情があります。

 トンガの特徴として極めて出生率が高いということがあります。一人あたり約3.6人産むのですが、多くの若者が海外に移住するので高齢者の人口が少なく、人口構造は若年層が多いピラミッド型をなしているそうです。

 そんな小西さんがトンガから日本に帰国した際に気づいたことがありました。それはトンガ人に比べて日本人が痩せているということです。こうした違いが日本における少子化の背景にあるのではないかという疑問仮説を抱いて小西さんは研究を進めました。

 妊娠しやすさを検討するにあたって2つは専門用語での指標があります。一つが「妊孕力」(にんようりょく)といいで、妊娠する生物学的能力のことを指します。これは生まれた子供の数とは無関係の指標です。それに対し、「出生力」は生まれた子供の数のことを指します。つまり今回のテーマである「妊娠しやすさ」は「妊孕力」を指しているということです。

 そこで小西さんは「日本において痩せているということが妊孕力の低さにつながっているのではないか?」という仮説にもとづいて「妊娠待ち時間」の調査をはじめました。これは避妊をやめてから妊娠するまでにかかる期間のことを指します。つまり、妊孕力が高い人は妊娠待ち時間が短く、低い人は時間が長くなるということになります。妊娠待ち時間を測ることによって妊孕力の高低を調べることが可能になるのです。

 妊娠待ち時間に関するこの研究は80年代からスタートし、これまでは妊娠自体というよりも環境中に存在する化学物質が人間の健康にいかなる影響を与えているのかという環境曝露の評価に関心が注がれる傾向にありました。

 小西さんは改めて妊娠待ち時間の検討を妊娠それ自体へと向け直し、まず年齢と妊娠待ち時間との関係を検討しました。その結果判明したのは、不妊(避妊をやめて1年以内に妊娠しない)割合は、年齢とともに高くなるということです。この結果はやや当たり前のようにも思えますが、一番妊娠しやすい年齢層の24-26歳だと半年で半数、1年で8割、3年で9割の人が妊娠することがこの調査から判明しました。逆に言えば、一番妊娠しやすい年齢層でも1割から2割の人が不妊を経験するということになります。日本人は全体的に不妊傾向にあるといえるかもしれません。しかし、この調査は民間調査会社のモニターを使用した調査のためデータには代表性があるわけではなく、日本全体の傾向とは異なる可能性も少なくないということに小西さんは注意を促していました。小西さんが今日のお話の中で度々言及されていたことの一つに調査対象者の確保の難しさということがあります。

 参加者の方からはセックスの回数と妊娠の関係性について質問がありました。セックスの回数が多い人が妊娠する可能性が高いという結果が出ていますが、国際比較をした際に妊孕力については日本だけではなくて東アジア全体が低いという結果が出ています。これについては東アジアと欧米のセックスについての捉え方の違いが影響しているのではないかという見解を小西さんは示しつつ、まだまだ研究の余地は大きいことも指摘されていました。というのも、妊孕力に影響を与える要素がさまざまあることに加え、世界全体として関心が向けられているのは人口爆発であり、少子化という観点から妊孕力に注目しているのはいくつかの先進国に限られているのが現状なのです。そもそも妊孕力が集団間で異なるのかということもほとんど明らかになっておらず、多くの研究者学会の主流派は「妊孕力は集団間でほぼ変わらないが、結婚や避妊などの影響によって出生力にちがいが生じるは変化する」という見解をとっているのに対し、小西さんは妊孕力の違いが意外と影響しているのではないかという仮説にたって研究を進めているそうです。

 また当初小西さんが抱いていた「日本人は痩せているから不妊傾向にあるのではないか?」という仮説についても検証したところ、これまでの予備的検討においては痩せているからといって妊娠しにくいということはなかったという結果が導かれたそうです。ただ、その調査対象者の条件は過去3ヶ月で月経が3回あった人であり、すなわち痩せていることが原因で無月経になっているような人が含まれていないため、痩せていても健康な人が研究対象になっていたという事情を踏まえる必要もあります。よって今後のさらなる検討が必要とのことでした。

 最後に小西さんはこれまで女性の妊孕力について研究してきたため、次は男性要因について検討してみたいと展望を示されていました。例えば精液性器の質については調査しやすいために研究が進んでいるものの、精液性器の質がそのまま妊娠しやすさに直結するというわけでもないそうです。そこで性行動についても詳細に調べる必要があります。もちろん妊孕力には性行動がかなり大きな要因となりますが、本人に尋ねる場合その信憑性をどのように評価するかという課題があります。また、女性を対象とするときには研究の内容に関心をもって協力するという人が多かったのですが、男性の被験者が少ないという課題も抱えています。いずれにせよ、妊孕力の研究を進めるためには男女問わず多くの人が関心を持つということも重要になるとのことでした。

 小西さん、参加者のみなさま、どうもありがとうございました。

[アシスタント:中川雄大]

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