教育学研究科 講師
第142回
1月のUTalkは、臨床現象学を専門とする大塚類さん(教育学研究科 講師)をお迎えします。みなさんは教室で暴力を振るう子どもを目にしたとき、なぜ暴力を振るうのだと考えますか。乱暴者だからでしょうか。落ち着きがないからでしょうか。大塚さんは9年間とある小学校に通い続けるなかで、「鼻つまみ者」にされている子どもたちの〈生きづらさ〉を、臨床現象学の立場から理解しようとしてきました。本当は暴力をふるいたくない、褒められたい。「そうじゃなくありたい」のに「そうとしかあれない」。こうした子どもたちをステレオタイプに押し込めるのではなく、理解しようとするなかで、子どもたちが変わるきっかけも見えてくるといいます。子どもと関わるすべての方々へ。みささまのご参加をお待ちしています。
2020年最初のUTalkには、大塚類さん(教育学研究科 講師)をゲストとしてお招きしました。大塚さんのご専門は「臨床現象学」で、様々な生きづらい人に関して研究をされています。今回は小学校における子どもの暴力 に焦点を当てて、長年のフィールドワークの中で経験されたことの一部をお話しくださいました。
大塚さんは研究者でありつつ、児童養護施設や小学校で教育支援を長く続けられています。研究においてもそこでの経験を基礎に、事例研究を重視されています。臨床現象学の「現象学」という言葉は、出来事はすべて自分にとっての「現象」に過ぎないため、自分に現れる世界と他者に現れる世界とは違うものかもしれない、という考え方を表しています。現象学的な事例研究では、自分に理解できない行動にもその人なりの理由があるはずだと考えます。その人にとって他者や世界がどう現れているのか、というのが基本的な問いになるそうです。
「どうせ俺は刑務所に入るから、勉強なんていらないんだよ」。大塚さんは初めに、暴力を振るっていた小学生たちの様々な衝撃的な言葉を紹介されました。その背景には子供たちが持ってしまった「世界は自分を脅かすものだ」という認識があり、自分を守るために防御として攻撃している、と説明されました。
お話の後半では、当時小学2年生の光くん (仮名)と向き合った1年間の経験を話してくれました。光くんはそれまで見てきた子供たち以上に大塚さんを信頼せず、数ヶ月は根気よく彼に寄り添うしかなかったといいます。徐々に大塚さんが光くんを脅かさないことが伝わってくると彼も心を開くようになり、大塚さんを通して、クラスメイトなども自分を受け入れてくれるのだ、ということに気付いていったそうです。
最後にまとめとして、暴力を振るったり授業から逃げ出したりする子どもたちも本当は授業や学校行事に出たい、先生に褒められたいという気持ちがあるということ、自分勝手に見える行動でも彼らの中では意味・必要性があり、それを肯定的に捉えなければならないということを強調されていました。
会の後半は参加者とのやり取りで進みました。参加者からは難しさを抱える子供たちとの接し方、子どもたちに大きく影響することの責任の大きさ、そして自分が影響できる子どもの数が限られていることの無力さなどについて質問が出ました。話をする中で大塚さんの「とにかく待つ、彼らを脅かさない」という一貫した姿勢がより鮮明に見えたこと、子どもたちの可能性に絶対的な期待を寄せていて、私たちにもそれを信じさせてくれるようなエピソードをいくつも体験されていることが印象的でした。また学校現場で大塚さんが気を遣う相手は特定の児童だけではなく、そのクラスの全員、さらに教員たちの目線にも立って彼らを脅かさないように気をつけている、というお話もありました。大塚さんのお話を小学生の話だと思って聴いていた自分がいましたが、いまは老若男女誰しもが誰かに脅かされていると感じていて、光くんの話は他人事ではないかもしれない、とハッとしました。
場の全員が自分の体験・悩みをもとに話をしていて、特別な個人に注目しているように見える事例研究という手法から、多くの人が体感し一般性もあるテーマが見えてくることを興味深く感じました。
[アシスタント:石井秀昌]