総合文化研究科進化認知科学研究センター助教
第123回
6月のUTalkは、認知神経科学を専門とされている中谷裕教さん(総合文化研究科進化認知科学研究センター助教)をお迎えします。コンピュータにはない人間ならではの思考とは何か――この問いに導かれて、中谷さんは高段者の将棋棋士が発揮する「直観」を脳科学的に研究されています。脳活動に関する豊富なデータは、棋士の直観について何を教えてくれるでしょうか。それを通して人間の知性のありかについて考えます。
2018年6月のUTalkは、総合文化研究科進化認知科学研究センターの中谷裕教さんにお越しいただきました。タイトルは「将棋棋士の直観を解き明かす」です。
進化認知科学研究センターが取り組んでいる問いは、「人間とは何か?」というものです。そのための研究分野は、進化学・認知科学・言語学・脳科学と幅広いものになっています。対象もマウス・ラット・小鳥・乳児・成人であり、文系・理系などの垣根にとらわれない学際的な研究が進められています。このような研究環境の中で中谷さんは「思考」に関する研究を行っておられます。
中谷さんが「思考」に関心を持ったきっかけは、東北大学で電磁気学・半導体工学・電子回路・コンピュータ科学・情報理論を専攻するうちに博士課程の集中講義で生物科学とスーパーコンピュータの対比を扱う講義があり、興味を持つようになったとのことでした。生物科学として「脳を学ぶ」脳研究、スーパーコンピュータとして「脳に学ぶ」脳型コンピュータという研究分野がそれぞれに存在しており、それらを統合した研究を行いたいと考えるようになったのだそうです。ちなみに思考に関する研究領域の区分としては認知科学・心理学が思考の特性、脳科学・神経科学が脳の仕組、情報工学・人工知能がコンピュータ上の実現を扱う、とのことでした。
今回はそのような複雑な研究の一例として、「将棋」を挙げてくださいました。将棋を用いて思考の研究を行う利点としては「座った状態で将棋を指すことができる=被験者が動かないので脳活動の計測が可能」、「次の一手や詰将棋といった思考の課題がたくさんある=様々な条件で多くの実験を再現性良く行える」、「プロ棋士やアマチュアまで様々なレベルが多数存在する=経験やトレーニングが思考に与える効果を評価可能」という3点が挙げられます。
対局中の棋士はどのような思考法を持っているのでしょうか。思考の特徴として、中谷さんは「詳細な分析の前に直観で答えを瞬時に絞り込む」とおっしゃいました。最近は棋士とコンピュータの対戦が話題を呼んでいますが、棋士とコンピュータでは「答え」と「分析」の関係が反対であるそうです。棋士は「答え(直観)」―「分析(読み)」―「答えの確認」と手順を踏むのに対し、コンピュータは「膨大な分析」―「答え」となります。コンピュータが人間の脳に学ぶべき情報処理としては、「直観的情報処理」――つまり、「細かい理解の前に全体像を総合して把握する」「曖昧な状況下で経験を頼りに推測する」ことだそうです。
棋士が局面を理解するにあたって使用する脳部位は頭頂葉前部後部であり、それもプロ棋士・アマチュア高段者・アマチュア中級者でそれぞれ異なる動きを示していました。これらの脳活動は機能的磁気共鳴画像法(fMRI)という方法で計測されています。
多種多様な研究領域の話を具体的に、かつ生き生きとお話ししてくださった中谷さん。非常に興味深くお話を拝聴できました。先生、お越しくださった参加者の皆様、ありがとうございました。
[アシスタント:小寺はるか]