UTalk / 偶然から生まれるイノベーション

西増弘志

理学系研究科生物科学専攻 助教

第115回

偶然から生まれるイノベーション

10月のUTalkは、構造生物学を専門とする西増弘志さん(理学系研究科生物科学専攻 助教)をゲストにお迎えします。狙った遺伝子を痕跡を残さず改変する、ゲノム編集。この最先端技術は、どのように生まれたのでしょうか?微生物のもつ謎のDNA配列の発見からその機能の解明、そして、生物のあり方を変えるような革新的な技術への応用という研究のダイナミクスを、その最前線を行く西増さんのお話から覗いてみましょう。

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2017年10月のUTalkは,理学系研究科生物科学専攻助教の西増弘志さんにお越しいただきました.構造生物学が専門の西増さんからは,ゲノム編集技術というイノベーションの登場についてお話いただきました.

ゲノム編集とは,ゲノムのDNA配列を人為的に変えることです.ゲノムは生物のもつDNA全体,すなわち遺伝情報総体を指し,生物学の中心命題(セントラルドグマ)によれば遺伝情報はDNA→RNA→タンパク質という順序に伝達されます.したがって、ゲノムを「編集」することは,結果的に生物の「はたらき」を変えることになるのです.

西増さん曰く,すでにゲノム編集は技術的にもコスト的にも実現可能になっているそうです.それに貢献した生物学者たちはノーベル賞の有力候補だそうですが,実は学者たちはもともと「ゲノム編集のため」に研究していたわけではありませんでした.研究していたのはCRISPR-Cas免疫系という,細菌がウイルスに対してもっている防御機構.あるウイルスへの耐性と細菌ゲノムの繰り返し配列の関連に注目していた研究者たちは,その過程でCas9というタンパク質がウイルスの二本鎖DNAを切断していることを発見したのです.

この発見がゲノム編集につながったのは,「DNAを切ることができれば編集ができる」という別の分野の先行研究の結果があったからでした.CRISPR-Cas9を用いたゲノム編集技術によって,特定の遺伝子の機能を調べたり,動植物の品種改良を行ったり,遺伝子治療を行ったりする道が開けることになりました.ゲノム編集技術の開発のために行われていたわけではない基礎研究による偶然の発見が,さまざまな研究者のコラボレーションの結果としてゲノム編集技術に結実したのです.まさに偶然から生まれたイノベーションでした.

ゲノム編集は,技術的にはすでにヒトゲノムに対しても行えるようになっています.それは病気の治療にも貢献しうる一方で,筋肉のドーピングといった用途にも活用できます.しかも,ゲノム編集は「痕が残らない」ため,そうした操作を他人に気づかれずに行うことも可能になります.では,どんなゲノム編集なら認められて,どんなゲノム編集ならば倫理的に否定されるのでしょうか.ゲノム編集の結果として,ヒトが「ヒト」であり続けることはできるのでしょうか.議論は紛糾しており,UTalk参加者のみなさんからもゲノム編集の可能性と問題についてさまざまな質問や意見が飛び交いました.

西増さんは「これだけインパクトのある技術なのに,一般にはまだあまり知られていない」とおっしゃっていました.大きい可能性も恐さも両面あるからこそ,ゲノム編集に関する社会的な議論が求められていると感じます.西増さん,参加者のみなさま,ありがとうございました.

[マネージャー 杉山昂平]