UTalk / 憧れあう建築

林憲吾

生産技術研究所 講師

第110回

憧れあう建築

5月のUTalkは、近現代のインドネシアにおける建築・都市の歴史を研究されている林憲吾さん(生産技術研究所 講師)をお迎えします。19世紀にオランダ人が蘭領東印度(現在のインドネシア)に建てた高床式住宅は、オランダ本国の建築とも現地の伝統的高床式住宅とも異なるそうです。植民地化という異文化の出会いが伝統でもモダンでもない不思議な建築を生み、ひいてはそれが現地社会の建築を変えていく過程について、現地を度々歩いて得られた視点からお話しいただきます。みなさまのご参加をお待ちしております。

U-Talk Report

2017年5月13日のUTalkでは、林憲吾さん(生産技術研究所 講師)をお迎えして行われました。林さんは、インドネシアを中心に近現代建築・都市史やメガシティの研究をなさっています。今回は、"模倣"をテーマに、建築をはじめあらゆる場面で異なる文化が出会い、互いに影響しあうとき、どのようなことが起こっているのかについて興味深いお話を伺いました。

例えば、ヘルシンキ駅とジャカルタ・コタ駅は、正面から見たときに櫛形の構造がとてもよく似ています。これは、ジャカルタ・コタ駅建設当時、インドネシアはオランダ植民時代にあったため、同時代に建設されたヘルシンキ駅の欧風の様式に影響を受けたためだと考えられます。このような"模倣"はとてもシンプルな例で、少し前に世間を賑わせた佐野氏の東京五輪エンブレムの盗用疑惑も、じつはほかのデザインに着想を得た"模倣"であるともいえるでしょう

一方で、時代や国境を超えて異なる文化が接触するとき、少し奇妙な"模倣"が起こったりもします。幕末の英雄坂本龍馬は、開国後に西洋の影響を受けて、和装でありながらブーツをはくという斬新な恰好をしました。このように、日本らしさは残しながら、西洋風の様式を模倣することは、建築の場面でも見られます。その一つが「擬洋風建築」です。これは、西洋風の見た目を持ちながら、建て方は漆喰など近世以来の日本の大工の技術を採用するというように、和の技術で西洋を模す建築で、特に明治初期に日本各地に建てられました。

ここで面白いのは、その逆も起こるという点です。西洋もまた、東洋を真似ることがあります。"模倣"は一方向で起こるのではなく、双方向で起こります。そのことを林さんは、インドネシア・スマトラ島東北部にあるメダンの建物を例に紹介しました。

タバコプランテーションが盛んなメダンには、オランダ人たちによって高床式住宅が建てられました。この地にはもともとはムラユと呼ばれる先住民によって高床式住宅が建てられてきましたが、そうした現地の住まいをオランダ人たちはいわば真似たわけです。しかし、オランダ人たちの高床式住宅の支柱と基礎には、オランダ人の技術であるレンガと鉄板が使われていて、ムラユの伝統的な高床式住宅とは異なるものでした。つまりこれは、西洋の技術でインドネシアを模した「擬印風建築」とでも言えるのではないかと林さんは言います。さらに、伝統とは異なるオランダ人の高床式住宅のスタイルが、今度は逆に現地の人々の住まいに取り入れられていったそうです。

このように、真似た方が真似られる、という"憧れあう関係"は、その文化が完全に消えてしまうことを防いだり、多様な文化の創出を促したりしていると林さんは言います。そしてこのことは人間にも当てはまり、その人の魅力や価値は、いつ生まれたのか、どこで生まれたのかといった点だけではなく、その後、その人が得る様々な経験や影響によって形成されていくものだと林さんはおっしゃっていました。今回のお話から私は、多様なものを受け入れる姿勢を忘れずに、自分に合うものをとりいれれば自ずと魅力が増してくるのだということに気づかされました。

(アシスタント:東野美夢)