大気海洋研究所・助教
第72回
3月のUTalkでは、海底生物の生態系の解析をご専門にされている清家弘治さん(大気海洋研究所 助教)をゲストにお招きし、知られざる海底の生物やその暮らし方についてお聞きします。また、まるで探偵のように海底の世界を明らかにしていく方法についてもお聞きします。
2014年3月の UTalk は、清家弘治さんをお招きしました。エネルギッシュな若手研究者である清家さんが研究されているのは、海底の生態系。たくさんの標本を見せていただきながら、海底に潜む生物の暮らしについて、「穴」に注目しながらお話ししてもらいました。
そもそも、清家さんはどうやって現在の研究テーマに行き着いたのでしょうか。清家さんはもともと潮干狩りや釣りを通して海の生き物には親しんできたそうです。進路を考える際にもそのことが頭をよぎったとか。でも、なぜそこから「海底」を選ぶことになったのでしょう。
その答えは「自分の性格的に、海中を泳ぐ華やかな生き物たちよりも、海底の泥の中に潜っている生き物の方に興味が惹かれるから」。きらびやかな魚ではなく、海底に「穴」を掘って隠れている生き物たち。隠れているからこそ、海底には何がいて、どんな風に暮らしているのかが気になってしまうと清家さんはいいます。
海底に穴を掘る生き物は、約5億4千万年前のカンブリア紀の始まりと共に登場しました。正確に言えば、海底の下に棲まう生き物が登場した時期こそが、カンブリア紀の始まりの定義なのです。生き物が海底に穴を掘るのは、その中に隠れて敵から身を守るためです。他の生き物を食べる捕食者がたくさん登場したのが、このカンブリア紀でした。
生命の歴史において重要な役割を果たしてきた海底の「穴」ですが、もちろん外から穴の中を観察することはできません。太古の穴ならば化石になって発掘されることもありますが、現代を生きる生き物の穴に注目する清家さんにとっては、観察のために何かしらの方法が必要になります。
砂浜の地下に潜むゴカイについて調べた際には、スコップとヘラを使って、地道に砂浜を掘って、海底化のゴカイの這いあとを見つけたそうです。実際にゴカイが残した這いあとの標本を見せていただきました。その標本には、穏やかな天気の時と嵐の時では、ゴカイの動き方が異なり、残された這いあとの様子も全く違うことが鮮明にあらわれていました。この標本は、嵐が去ったあと、真夜中にヘッドライトを灯しながら、1人で砂浜を掘り返して見つけたものだそうです。発見した時の喜びは相当なものだったと清家さんはおっしゃいました。
研究調査は、砂浜にとどまりません。船に乗り、沖合に出てアナジャコが海底につくる穴について調べたこともあります。その際には、潜水作業で穴に樹脂を流し込み、穴の型取りをしたそうです。その型も、今回見せていただきました。Y字型をした穴には、宿主であるアナジャコが樹脂で固められて閉じ込められていました。Y字は、アナジャコが食べ物を吸い込み、吐き出すための形だそうです。外からは見えないアナジャコの暮らしが、穴を型取りすることで分かったのです。
さらに、清家さんは深海の調査もされています。水深1000mを超える深海に棲息する貝の穴を調べる際には、樹脂を穴に流し込むために、潜水艇のアームを使って操作できる装置を作ったそうです。アナガッチンガーと名付けられたこの装置も、実際に見せていただきました。また、樹脂を使う以外にも、海底に筒を差し込んで、穴を含んだ土ごと持ち帰り、あとでCTスキャンにかけるという方法もあるそうです。
参加者の方からの質問で、「どういう生き物が穴をつくるのでしょう?」というものがありました。清家さんの答えは「まだ分からないのです」。スコップで地面を掘ったり、樹脂で型をとることで、穴を目にすることはできます。ただそれが、どういう生き物が何のためにつくった穴なのか、分からないことも多いといいます。だからこそ、表面をひっかくだけでなく、地中の豊かな生態系を研究する意義があるのです。
清家さんの「いくつになっても潜っていたいですね」という言葉が印象的な会でした。今度は見えない世界の何を見せてくれるのだろうとわくわくします。まだまだ寒いなか起こしくださった清家さん、参加者のみなさま、ありがとうございました。
[アシスタント:杉山昂平]