情報理工学系研究科・助教
第68回
11月のUTalkは、人間にそなわっている錯覚という特性を利用して経験の受け止め方を変えるシステムをつくっている鳴海 拓志さん(大学院情報理工学系研究科、助教)をお迎えします。味や触り心地を改変する五感ディスプレイや博物館で実物に触れずして体感できるデジタルミュージアムなど新たに研究開発されたテクノロジーをご紹介いただきます。
11月のUTalkは、鳴海拓志さんをお迎えしました。鳴海さんは、人間の感覚に起きる「錯覚」を利用し、目の前のモノの感じ方を変えてしまうテクノロジーの実現に取り組んでいます。錯覚によって、私たちの生活はどんな風に楽しくなるのでしょうか。
今回のUTalkは、いつもとは少し違う気配を見せていました。鳴海さんと参加者が囲むテーブルの脇に特別に設置された机と、その上に乗せられた円筒形の何か。そしてセッティングをしているらしい学生が1人。「あれは何だろう」という疑問が頭に浮かんだまま、鳴海さんの話は始まりました。
鳴海さんの行っている研究は、錯覚を上手に利用したエンジニアリングです。錯覚は、視覚的なものに限らず、日常生活の様々な面で利用されているそうです。例えば、かき氷の味。安物のかき氷のシロップの味は、実はイチゴもメロンもレモンも、すべて同じ味です。異なるのは香料と着色料だけ。つまり、私たちは、香り(嗅覚)と色(視覚)の情報から、かき氷の味(味覚)を「錯覚」しているのです。鳴海さんの研究は、このような錯覚を利用して、何か良いこと楽しいことを実現しようとします。
触覚の錯覚を利用した研究についてもご紹介いただきました。鳴海さんによれば、私たちは、視覚情報からモノの形やテクスチャを錯覚できるといいます。これはどういうことでしょうか。「実際に体験してもらいましょう」と、鳴海さん。会場の小脇に置かれたあの円筒形のものの正体がいよいよ明かされます。
その円筒形のものは、錯覚によって「形が変わる」装置でした。「形が変わる」と言っても、実際に形が変わるわけではありません。「違う形のものを触っているように感じる」というのが、錯覚の効果です。錯覚を体験する人は、その物体を触りながら、iPadのカメラを使って自分がそれを触っている様子を画面で見ます。しかし実際は、画面に映っている物体の形は実際の円筒形ではなく、つぼ形のように歪んだ形として映っています。つまり、実際に触っているものの形と、目で見ているものの形にずれがあるのです。このとき、触っている手の動きも、壺の形に沿うようにずらして表示します。すると人は、実際は円筒形の物体を触っているにもかかわらず、つぼ形の物体を触っているように錯覚してしまうのです。
この錯覚を参加者の方に体験してもらうと、「本当だ!」という声があがりました。言葉で説明されるだけだと半信半疑になってしまうが故に、実際に錯覚を体験したときに余計に驚きがうまれます。私たちが実際にこういう形のものに触っていると思っていても、実は見た目に大きく影響されているのです。
鳴海さんは、こうした錯覚の機能をミュージアムの展示に応用するための技術を開発されています。この技術を使えば、ガラスケースに入っていて触ることのできない展示品の形やテクスチャを、まるで触っているかのように錯覚することができます。錯覚の利用は、これまで見るだけだった従来の鑑賞の楽しみ方を大きく変えるものになるでしょう。
参加者の方からは、「感覚は同じ経験を共有していないと、思うように扱えないのではないか」という質問が出ました。「おいしい」料理の基準が世界各国で異なるように、経験の蓄積や文化は感覚に影響を与えます。文化によって感覚は異なるし、個々人の経験によってもそれは変わるかもしれない。「『絶対にこの感覚を実現させなきゃいけない』というシステムをつくりあげるのは難しいし、そこが課題です」というのが鳴海さんのお答えでした。
錯覚によって実現するテクノロジーは、魔法のような効果を生み出してくれるけれど、それは科学だけでは解決できない文化の問題も含んでいる。わくわくする体験ができるけど、同時に深く考えされられる、そんなお話でした。鳴海さん、参加者のみなさま、ありがとうございました。
[アシスタント:杉山昂平]