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藤原辰史

農学生命科学研究科講師

台所とレシピにみる歴史

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概要

システムキッチンを生み出したドイツの台所、版を重ねるごとに少しずつメニューを変えて行った人気レシピ本。ここから見えてくるのは何でしょうか。藤原辰史さん(農学生命科学研究科講師)をゲストに迎え 「食べること」に焦点をあて、歴史をひもときます。

 2月9日のUTalkは東京大学農学生命科学研究科の藤原辰史さんをお迎えして行われました。
藤原さんは様々なところで反響を呼んだ『ナチスのキッチン』の著者としても有名で、今回は著書をベースに、「台所」「レシピ」という一風変わった窓から見る歴史のお話を伺いました。

藤原さんは元々ドイツの農業史を専門とされていましたが、食に関する研究を進めるにつれ、作られる過程である農業から、如何に口に運ばれるか、どう"食べる"かに関心が深まっていったそうです。また、実家にあった土足の台所に一種の憎悪を感じていたことも、今の研究に出会う原初だと仰られました。私たちは普段何気なく使っている台所は、生物の命を絶やしまた別の生命へと繋げる、生と死が同居している「生体空間」と言えます。穢れを持ちながら美しさを保つ、藤原さんが惹かれた要因が其処にあるのかもしれません。

 ドイツの台所の歴史は大きく分けて二つの方向があります。一つは安定した家庭の象徴でもある"火"を如何にコントロールしていくか、というゲルマン信仰に基づく神話的な話。そしてもう一つが合理化・システム化の方向です。元々家族の団欒や灯りの機能も含んだ多機能空間だった台所は時代の流れと共に、主に戦争を背景に「労働」という専門機能が特化していきます。台所で働く女性は戦争に行く男性のために、少ない糧で如何に「勝つための」栄養を作り出すことができるか、どれだけ「勝つために動く機械」になれるかが求められました。そんな労働から少しでも女性を解放するために、建築家のシュッテ・リホツキーが生み出した台所の様式が現代で主流のシステム・キッチンの原点となっているそうです。

 台所という「環境」の後に藤原さんが着目したのが「料理」の変容、つまりレシピについてでした。初め、版を重ねているベストセラー料理本に出てくるメニューの変遷を追う、という方法で研究を進めましたが、思う結果がでなかったとのこと。というのも食料統計と研究結果がどうも合わない。そこで気付いたことは、そもそもレシピ本とは「何を食べたか」の記録ではなく「何を食べたかったか」つまり、その時代の"夢"が語られているということです。
その時代に何が成されたかについてではなく、何を成そうとして失敗したのか。藤原さん専門のドイツ、ナチス政権を語る上で重要なのはこのような「どのような未来を担保にして、人々に現実を生きさせていたか」だと教えてくださいました。

古本屋巡りが好きだという藤原さんは、レシピ本を研究するに辺り沢山の古書に触れ、
出版されてきた、文字で残されてきた媒体だけでは見えないものがそこからは見えてくるとも言います。それは古本に時折挟まれている、当時それを読んでいた人の手書きのレシピや買い物のメモ。この日もたくさんの古本を実際に持って来てくださったのですが、その中の一冊にも偶然、茶色く霞んだ一枚の小さな紙切れが挟まっていました。従来の歴史学からは浮いてしまう、印刷物として残らない歴史。その尻尾であるメモを偶然見つけたときになんとも言えない研究の醍醐味を感じると仰っておられました。

この日の参加者の皆さんからは、「当時のドイツの食文化において、キッチンだけでなくリビングへの関心はどうだったのか」という藤原さんが専門とされる時代風景に関心を寄せるものから、「レシピを分析する上で着目した点は何処だったのか」というその特殊な研究の手法にまで興味が広がった質問が挙がりました。

わたし自身料理が好きで、レシピ本を身近に感じているからこそ、日常的なモチーフからこのような研究が深まっていく様が興味深く、また生活により近いが故に、その時代に生きた人の所作までもが見えてくる、という藤原さんの言葉が印象的でした。個人的には少しだけ藤原さんがお話された、当時の日本とナチスの菜食主義を媒介とした関係性についてもっと詳しく聞きたいなぁ、と一時間ではまだまだ物足りない程濃密な時間でした。
 お話してくださった藤原辰史さん、お越し下さった参加者の皆さん。どうもありがとうございました。


[アシスタント:猫田耳子]

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