東京大学公共政策大学院特任准教授
第58回
みなさんは「交渉」と聞いてどのようなものを思い浮かべますか?1月のUTalkでは、外交交渉から家庭内交渉まで、さまざまな交渉に共通する事柄を見出し、それらをまちづくりや政策づくりに活かす研究をされている松浦正浩さん(東京大学公共政策大学院特任准教授)にお越しいただきます。
2013年1月12日のUTalkは、松浦正浩さん(ご所属:公共政策大学院)をお迎えして行われました。松浦さんが研究されているのは、様々な場面での交渉について扱う交渉学という学問です。
会が始まり、松浦さんがまず取り出したのは、片面にX、その裏にYが書かれたシンプルなカード。このカードが参加者全員に配られ、隣の参加者と2人組になってゲームを行いました。このゲームはじゃんけんに似たゲームで、互いに同時にXかYを表にしてカードを出し、自分と相手の記号の組み合わせによって得点が決まるというものでした。なかよく二人ともXを出せばお互いに4点をもらえますが、裏切ってYを出せば自分だけ10点がもらえる、しかし二人とも裏切ってYを出したらお互いに0点となる、というルールです。何回かこの「じゃんけん」を行うのですが、毎回組み合わせによる点数は異なります。そして、このゲームの特徴は交渉の要素が入っていることです。「じゃんけん」の前に事前に交渉することが決まっている回があり、参加者同士での協力や時には自分だけが高得点をとるための裏切りが発生することがあります。ゲームが終わった後に、松浦さんは参加者に得点を尋ねた後でゲームの種明かしをしました。実はこのゲーム、囚人のジレンマと呼ばれている概念と深い関係にあるゲームで、自分の目先の利益にとらわれず、協力しながらほどほどの得点を積み重ねた方が全体的には高い得点になるそうです。そして松浦さんによれば、この協力関係を築くために行うのが交渉なのです。
松浦さんが現在の研究を始めたのは阪神・淡路大震災がきっかけとなっているそうです。高校の頃から車が好きだった松浦さんは道路づくりに興味を持ち、土木工学科に進学します。そこで起きた阪神・淡路大震災で建物や道路が壊れていくことにショックを受け、復興の町づくり、その中でもとくに復興の合意形成に興味を持ち始めたそうです。しかし、当時の東大では自分の思いにマッチする研究を学べなかったため、松浦さんは大学院からはMITで研究をされてきたそうです。
交渉学では、BATNAを持って交渉に臨むことを重視しているそうです。BATNAとは、交渉がうまくいかなかったときの最良の代替案のことです。BATNAを持つことで、交渉によって自分に不利益な結果を得る可能性は低くなります。自分も相手もBATNAを持っているため、この間の落としどころを考えながら交渉をすることが重要であるとのことです。松浦さんは研究だけでなく、実際に交渉での合意形成の現場にも関わっています。対馬の木質バイオマスに関する合意形成では、交渉に誰を巻き込んだ方がよいのか、ゼミの大学院生と一緒に聞き取り調査を行っているそうです。
松浦さんのお話しの後は参加者からの質問を受けつけました。
交渉で対立している事例の解決についての質問では、互いの前提条件が異なるために結論が異なる事例が多くみられるとのことでした。ゴミ処理場から出るダイオキシンについての対立事例では、窓にたまったホコリを子どもがなめたときの危険を基準とする近隣住民と、より一般的な人体への害を基準に考える事業者の間で、実は計算の方法は同じだけれども、前提条件が異なるため、危険かどうかの結論は異なるということがあったそうです。また、そもそも交渉のスタートラインに建てるかどうかをどのように見極めるか、という質問も出ました。松浦さんによれば、互いのBATNAが強すぎる場合には交渉が難しい場合があるということでした。そういった場合は法廷などで争うこともあるそうです。それゆえに、交渉の余地を見極め、交渉の場を設置するかどうかを検討することも大事だそうです。
質問への回答を含め、松浦さんは具体例をたくさん織り交ぜながらわかりやすくお話しをして下さいました。近年は、原発の議論など専門家でも主張が異なるテーマもあり、合意形成における交渉の必要性が高まっているように感じました。
お話しいただいた松浦さん、新年早々に足を運んで下さった参加者の皆様、ありがとうございました。
[アシスタント:中野啓太]