UTalk / 隠れキリシタンを図像に探る

岡美穂子

史料編纂所・助教

第52回

隠れキリシタンを図像に探る

7月のUTalkゲストは、ポルトガル語をはじめとする南欧語の古文書解読とアジアでのフィールドワークをもとに日欧関係史を編む岡美穂子さん(史料編纂所助教)。 南蛮貿易とともに日本にもたらされたキリスト教。宣教師が帰国した後、隠れキリシタンはどのようにして信仰を守り伝えてきたのでしょうか。浦上天主堂にあって、原爆で焼失した隠れキリシタン秘蔵の絵画。その残された模写絵をたよりに謎に迫ります。

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2012年7月14日のUTalkは、岡美穂子さん(所属:史料編纂所)を迎えて行われました。岡さんは史料編纂所で、日本について書かれた外国語の史料を扱う部門に所属され、ポルトガル語などで書かれた歴史文献を研究されています。今回のUTalkでは、長崎のかくれキリシタンの方が持っていた一枚の模写絵を頼りに、日本のキリシタン信仰についてお話をしてくださいました。

かくれキリシタンとは、江戸時代キリスト教弾圧から逃れ、ひそかに信仰を続けてきた「潜伏キリシタン」と呼ばれる人たちの子孫を指します。かくれキリシタンの伝統は今でも平戸島や生月島、長崎の外海地区などで続いており、今回紹介された絵は外海地区のかくれキリシタンの世話役が持っていたものです。

岡さんが紹介した絵は「十五玄義図」というものでした。十五玄義図はキリストの生涯について15の場面が描かれた絵で、日本でも数種類発見されているそうです。岡さんによれば、日本に伝存した十五玄義図では、キリスト教を導入したイエズス会の代表者イグナティウス・ロヨラとフランシスコ・ザビエルが描かれたものが有名だそうですが、外海のかくれキリシタンが所持していた絵では、フランシスコ会士の姿が描かれていました。日本のキリスト教布教はイエズス会によるものが中心であったと考えられているので、それを見て岡さんは不思議に思ったそうです。この謎に対し、岡さんは当時の日本におけるキリスト教をとりまく事情を考察することで、答えを出そうとしました。

キリスト教では死後、天国か地獄へいくとされており、キリスト教信者は天国へいくために懺悔をしなければなりません。懺悔は神父に対して行うのですが、当時の日本は信者の数に対して神父が少なく、また宣教師が帰国すれば懺悔ができませんでした。
そこで、日本において宣教師たちが導入することにしたのが、「いんつるせんしや」を与えるということでした。「いんつるせんしや」は「贖宥」という意味のポルトガル語で、すなわち免罪許可のことです。キリシタンはこれを得ることで、神父に懺悔を行わなくても天国にいけるようになるとされていました。岡さんによれば、この「いんつるせんしや」を得る手段としては、①信者の集まりである講(コンフラリア)に所属して、信徒としてふさわしい生活を送る、②オラショとよばれるお祈りを唱える、などがあるそうですが、キリシタンは十五玄義図のような絵も自分たちを天国に導く存在であると考えていたようです。このような比較的安易な「いんつるせんしや」の付与は、宗教改革の反動としてカトリック教会が粛正を目指していた同時代のヨーロッパでは見られず、日本の状況は特例的であったそうです。

宣教師たちが考え出した「いんつるせんしや」を与えるというキリシタンの救済方法には条件がありました。それは与える側が、ローマ教皇からそれを与える権利を認可されなければならないということです。「いんつるせんしや」はヨーロッパでは「免罪符」を意味する場合があり、神父がこれを与えることによって、すべての罪が許されるとされていました。しかし、免罪符の売買が、ルター等プロテスタントによって糾弾されたカトリック教会の腐敗の一因であったこともあり、当時「免罪」の付与には厳しい制限がつけられていました。日本で長年布教を独占してきたイエズス会は、成立まもない会派であったため、「いんつるせんしや」付与の権利について、ローマ教皇から承認を受けることができませんでした。その権利は、日本に関しては後発の修道会でありながら、ヨーロッパでは長い伝統を持つ、フランシスコ会やドミニコ会といった会派には与えられていました。

岡さんによれば、今回の十五玄義図にフランシスコ会士が描かれていたことは、フランシスコ会の宣教活動が、外海地方ではある一定の重要性と影響力を持っていたこと意味しているのだといいます。つまり、当初イエズス会の指導を受けていたキリシタンの中に、「免罪」を与える権利を持つフランシスコ会などの他の修道会派に惹かれるようになった人々が出てきたのではないか、というのが岡さんの見解です。これまで日本のキリスト教布教では、イエズス会による宣教が中心であるとされてきましたが、17世紀初頭に変化が起きたのではないか。岡さんは、外海のかくれキリシタンに伝存した絵画から、このようなことを考えたそうです。

参加者の方から、現在かくれキリシタンの方は自分が何を信仰していると考えているのか、との質問が出ました。これに対して岡さんは、かくれキリシタンの中には、寺に檀家として所属する仏教徒の人もいるという例を紹介され、キリスト教ではなく、単なる先祖代々の信仰と考えている人もいる、と回答しました。かくれキリシタンでありながら、仏教徒である方もいるという話は、参加者の方にも意外だったようで、驚きの表情を浮かべている方も多く見受けられました。

長崎県では現在、大浦天主堂などの長崎の教会群を世界遺産として登録する運動を行っているそうです。今日のお話は教会群成立の背後に隠された歴史の価値を、改めて感じる機会となりました。
貴重な図を紹介しながらお話してくださった岡さん、暑い中お越し下さった参加者の皆様、ありがとうございました。


[アシスタント:中野啓太]