BEATセミナーも今日で最終回となった。2月25日の日経の朝刊に東京大学がインターネットで公開講座を開始するという記事が出た。セミナーの後半にCoursera(コーセラ)創業者のコーラー氏の日本初講演があるが、東京大学が今回行う講座は、まさにこのCourseraが開講する Massive Open Online Courses(ムーク)のひとつとして公開される。大規模公開オンライン講座と日本語では訳されている。スタンフォード、ハーバードのようなトップ大学の授業を無料で誰でも受講できる学習プラットフォームだ。これは2012年の4月にオープンし、すでに300万人以上の登録者がいる。この立ち上がりのスピードは、TwitterやFacebookより早く、世界的な騒ぎとなっている。現在、Courseraには、スタンフォードやプリンストンなどの62校が参加している。日本で初めて東京大学が2つのコースを提供する。宇宙物理では非常に有名な村山斉先生の「ビックバンからダークエネルギーまで」と藤原帰一先生の「戦争と平和の条件」だ。
MOOCは、一授業あたり、世界各国から5万人〜10万人集まるという大規模なもので、東大の2つのコースに関しても、記者発表から1ヶ月で2コース併せて1万人の受講予約をいただいている。こういうことが起きるのは、Courseraが世界中から学習者が集まるプラットフォームになっているからだ。
Courseraの参加大学と学習者がどのように配置されているかというインフォグラフィックがある。(世界地図を示しながら)黄色いところが講座を提供している世界の大学で、濃いブルーは、学習者が多いところ、それから薄いブルーは学習者が少ないところだ。カナダ、アメリカ合衆国、それからブラジル、アルゼンチンが濃くなっている。アフリカに行くと薄くなって行くが、驚くことに、ほとんど白がない。つまり、ネットが通じているほとんど全ての国には、何らかのかたちでCourseraの学習者がいるということだ。
我々は未だかつて、地球規模の完全に国境を越えたサービスを目にしたことがなかった。この1年間でこうしたサービスが急速に立ち上がっており、Courseraの他に、ハーバードとMITが対抗サービスとしてedX(エドエックス)を始めていて、グローバルな学習プラットフォームがまさに立ち上がりつつある。日本という極東の島国にいる我々は、この学習プラットフォームが国境を越えて行く時代に何ができるのかということに関して議論を進めて行きたい。
今回は、前半はBEATの9年間の総括を含めた研究成果の報告、後半はCourseraの話を中心に、学習プラットフォームについて議論したい。この2つの話は実は緊密につながっていて、Webがあれば学習プラットフォームになる訳でもなく、学習を成立させるためのコンポーネントが必要だ。9年間研究して来たのは、まさにこの学習プラットフォームを成立させるコンポーネントである。モバイル、ビッグデータ、ソーシャルラーニング、この3つのコンポーネントがそろってはじめて学習プラットフォームが世界中のすべての人たちに届けられる状況になるだろう。
本プロジェクトでは、学習ゲームをどう展開していくかということに取り組んだ。これまでもコンピューターが普及する最初の頃から、ゲームを学習に取り入れる取り組みは進められてきた。しかし、なかなかそれが一般に普及して定着しない状況がある。いくつかの課題があり、まずどうしてもエンターテイメントゲームのように大規模な予算をかけて開発することが難しいということだ。小規模なサイズになりがちであり、そうすると品質を高めることが難しくなる。品質を高めようと思ったらコストがかかる。1つのソフトでやろうと思ってもなかなか難しい。作るところまでは一生懸命やれるが、評価するところまで辿りつけないという状況がある。良いものを作っても、なかなかそれを見てもらず、多くの人にリーチするということが非常に難しい。
今回こうした課題の中で評価に着目し、評価を支援するプラットフォームを作れないかと考えた。いろいろなゲームを応用した学習の評価はなぜ難しいのか。従来の大学の授業、講義は、教科書を使って本を読んだりするように単線的ではなく、いろいろな要素が組み合わせって提供される。複数の学習者に同じ学習内容を提供するのではなく、むしろ学習者の状況に応じて学習内容が変化するというのがゲームの特性となる。こうなるとその過程のどこが学習に効果をもらたしているのかを把握するのが、従来の教育活動よりも難しい。さらに「ゲームを使ったので非常にやる気がでました」、「おもしろかったです」という学習者の主観的な評価を取っても、実際の学習成果と乖離がある場合があり、なぜそれが起きたのかを把握するのは従来の調査方法では困難だ。さらに、従来の実験のように統制群を設定して教育評価を行うことも難しい。そうなってくると、開発者側が、作ったゲームを更に普及させるために、改善して次のステップに進むことが難しくなる。他のゲームや、他の学習の方法と比較した質の把握が困難な状況もある。
近年、アメリカを中心に、ゲームを利用した教育の評価の研究が進んでいて、ここ2、3年で評価指標に関する研究成果があがっている。
従来、ゲームを利用した教育において、行われていた評価の指標としては、主に2つあった。ゲームの中でどれくらいスコアを獲得したか、どれくらいでクリアをしたかというゲームのスコアで評価をする手法、それから事前・事後テストだ。学力テストをプレイする事前と後に行って、どれだけ学力に差が出ているか、あるいはプレイした後に質問紙で調査をして、どういう態度の変容があったかを評価する。
それに加えて、近年ゲーム組込型評価と訳される“embedded assessment”というアプローチが注目されている。これは学習目的に応じて、収集したプレイ中のログデータをゲーム内の活動状況に応じて評価するものだ。ゲーム内でユーザーがどんなアクションをしたか、何分くらいでクリアしたか、間違ったかといったデータを随時取得し、データベースに収集して、学習者の状況に応じてより支援を手厚くするとか、より難しい問題にする、簡単な問題にするといった調整を行うアプローチの研究が進んでいる。本プロジェクトは、実際にそういった組込型評価ができるようにプラットフォームをつくってみることを目指して研究開発を進めた。共通の評価指標を提供して、実際にそのプラットフォームにコンテンツを載せてもらう開発者の方々に、開発ガイドラインを提供するというアプローチをとった。今回は数学的思考力をテーマとし、その評価指標を開発ガイドラインに組み込んで提供した。それから、プラットフォームの側でデータを取得して、入出力を行う共通化したAPIも提供した。
今回グローバルマス(図1)というウェブプラットフォームを開発した。グローバルマスのウェブサイトに開発者がAPIを組込んだゲームを登録する。ユーザーはログインしてゲームを自由にプレイできる。それぞれ面白そうだと思ったゲームをプレイする。ゲームに組み込んだグローバルマスAPIを通してプレイ履歴をデータベースに収集する。収集したデータを評価で集計して、開発者は管理画面で、自分のゲームがどれだけプレイされているかということを一覧でき、リアルタイムでプレイ状況を把握できる。研究者は、実際にゲームで実装した学習支援方法が上手く機能しているのかということを一緒に研究でき、ゲームをバージョンアップして質を高めるためのサイクルを早めることができる仕組みだ。
図1 グローバルマスウェブサイトの全体像
学習内容については、ベネッセのチームと東京学芸大学の西村先生にアドバイスをいただきながら検討を行った。プラットフォームは、データベースやソーシャルゲームのシステム開発が専門のスピンフ社に担当していただいた。ゲーム開発については、実際にゲーム開発者教育を行っている東京工科大学の岸本先生と三上先生の研究室に参加していただいた。他にも学習ゲームやシリアスゲームを研究している先生方にもアドバイスをいただいた。
学習内容は、数学の教科書の内容ではなく、より広い数学的思考、21世紀型スキル、問題解決や数学的思考力と呼ばれるものを対象とした。今年度はその中でも「分類力」、「規則性」、「見通す力」をターゲットとした。グローバルマスのテーマとして、なるべく言語に頼らず、ちょっとした英語の翻訳だけでノンバーバルにすることによって、広い対象にアプローチすることにした。それからどの学年、年齢でも数学が苦手な人にアプローチできるように、学年の枠や単元にこだわらないノングレードを原則とした。
まず「分類力」というのがどういった要素で成り立っているのかを整理し、能力モデルのようなものを検討していった。それをゲーム中のアクションと関連づけて検討し、ゲームの中でのこういうアクションが成功した時には、分類力に関係しているという項目を1つずつ整理し、タスクモデルを提供するという形をとった。
東京工科大の学生チームには、4つのゲームを作っていただいた(図2)。(現在は、HTML5とFlashに対応している。)
管理画面では、プレイ履歴がこのように示される(図3)。それぞれどのゲームをどれくらいプレイされたのかを閲覧できる。ゲームごとのランキング表示もできる。
開発者用の管理画面には、APIを登録する方法の説明やガイドライン的な技術情報が入っていて、集計されたプレイデータを見ることができる。ステージごとにどれくらいの人数がプレイしたか、あるいは、何回プレイしたたか、といった情報が常に把握できる。プレイ後にユーザーから、どれくらい気に入ったかなどのフィードバックをもらうことができ、不具合も随時フィードバックできる。
図2 ゲーム紹介
図3 参加者画面と開発者管理画面
関係者を紹介したい。東京学芸大学の西村先生、東京工科大学の岸本先生、三上先生、石川先生、スピンフの中丸さん、4つのゲームを開発した学生チームの皆さんだ。
まだ開発段階のため、形成的評価としてユーザーテストを行って、ガイドラインやプラットフォームの実際の使い勝手がどうだったか、このようなアプローチに対する評価を行った(図4)。
図4 評価の状況
これまで東京工科大の学生たちは、エンターテイメントゲームを作ってきた。今回は全く異なる数学的思考をテーマにゲームを作ってみて、非常に苦労したという学生さんが多かった。しかし、こういうプロジェクトにまた参加したいという感想を持っている。従来とは違う観点からゲーム開発について考える機会になり、数学的思考力について考える機会となったという。つまり、彼ら自身が数学をテーマにしたゲームについて考える、作りながら数学的思考力について学んでいるという効果があった。今後こういったデジタル教材的なものを作っていく時に、インタラクティブコンテンツ開発をしていく彼らが、デジタル教材開発の分野でも戦力となる期待を持てる反応だった。
このプロジェクトは5ヶ月で実施し、まだプロトタイプの段階なので、これからバージョンアップしていかなくてはならないが、このプラットフォームによってユーザー参加型の開発と評価のサイクルを促進する場を提供できることがわかった。今回は数学だったが、他の学習内容でも提供が可能だ。これを使って開発コンテストを行うこともできる。高校野球の甲子園のようなコンテストが可能になり、海外の研究者、開発者とも交流可能となる。これまでは学習ゲームのテーマでこういったものはなかったが、よりユーザーと開発者のインタラクションが生まれるようなプラットフォームとして提供できる可能性がある。
なぜ小論文でリーディングなのだろうと疑問に思う方もいると思うが、この頭文字が示しているように、構造化されたチャット(Structured Chat)とソーシャルスタンプ(Social Stamp)で、小論文を作成する際の読みのプロセスを支援するのが、今回開発したこのシステムだ。
近年、大学入試の形態が多様化し、AO入試や、大学の二次試験で小論文入試が行われている。小論文入試では、ただ単に文章を書けばよいというわけではなく、たいてい課題文が与えられて、その課題の読解を踏まえて小論文を書くというスタイルで試験が行われている。そのため、テキストの内容を理解するだけではなく、小論文の課題の要求に応えて書くために読むという、一種独特の読みのプロセスを辿る必要がある。この問題解決型の読みのプロセスを支援しようというのがこのSCSSだ。システムの開発にあたり、何回も実際の入試問題を試してみたが、結構心が折れそうになる作業で、課題文が理解できてもそこから連想するアイディアが浮かばず落ち込んでしまうこともあった。この認知的な負荷が高いプロセスをソーシャルに支援するのが今回のシステムだ。
読みのプロセスは個人内の認知的作業と思われがちだが、最近ソーシャルメディアを活用して、仲間と読書体験を共有するソーシャルリーディングが行われるようになり、ソーシャルリーディングのためのシステムも開発されている。テキストにマーカーを入れたり、コメントを書いたりしながら読み進めて、お互いにアイディアを共有するというのがこの読みのスタイルだ。ビンガムらは、ソーシャルラーニングにおける学びは人々のコラボレーションやネットワークのつながりから得られるもので、ネットワークに積極的に参加してさまざまなトピックを共有することにより導き出されると述べている。そこで、アイディアを他者とシェアすることが学びの原動力となるという考え方を本システムに応用しようと考えた。その一方で、小論文の課題文の読解では、テキストを批判的に読むことが求められる。本研究の対象は高校生だが、高校時代は多感な時期でもある。日本人の高校生の場合、批判的なことをいうと友人関係との両立が難しくなることから、批判的態度を表明することに対して尻込みしたり、ネガティブなイメージを抱かれてしまうことが指摘されている。
そこで、着目したのがスタンプだ。みなさんもメールやチャットの中で顔文字を使用している方がいると思うが、コミュニケーションがちょっと苦手な若者たちの自己表現の新たな方法として、顔文字が利用されている。今日お越しのみなさんの中でLINEを使っている方はどのくらいいるだろうか。LINEは2013年1月に登録者数が1億人を突破したそうで、高校生にも非常に人気があるソーシャルメディアだ。インパクトのあるキャラクターのスタンプが使われているのが特徴で、こうしたキャラクターのスタンプの助けを借りて高校生がテキストを読んでいる時の感情をうまく表出できないかと考えた。そして、この小論文作成における読解のプロセスを支援するソーシャルリーディングシステムSCSSを開発した。スタンプを活用しながら、問題解決型の読みのプロセスにおける拡散的思考と収束的思考を、構造化されたチャットで支援しようというのがこのシステムのねらいである。
実際の小論文作成は、おおよそ次のようなプロセスを辿る。まず、課題文が与えられ、設問の条件を読み取って読みの構えをつくる。次に、本文を読み、重要なポイントや疑問点を抽出していく。そして、読み取った内容をもとに、小論文の課題に答えるために、テーマに関するアイディアを広げていく。これが「拡散的思考」の段階である。広げたアイディアは絞りこまないと小論文に落とし込めないので、アイディアの中から重要なものを選びだす。これが「収束的思考」の段階である。このような段階を経て、アウトラインを考えて小論文を書く。おおよそこのような流れとなる。今回のシステムは、この一連のプロセスを支援するようにつくった。
システムの概要についてお伝えする。スタンプの話が出ていたが、イラストレーターにSCSSの趣旨を伝え、このようなかわいいコウモリのスタンプをつくってもらった(図5)。メインキャラクターのエコーくんは、対象となる高校生と一緒に学習を進めていく役割を担っている。エコーくんパパは本システムの教授エージェントで、読解の指示を出したり、構造化されたチャットの指示を出したりする役割を担っている。読解の際にはテキストに下線を引き、コメントをつけながら読み進めていく。その際にコメントの種類がわかる目印スタンプとして「重要」「疑問」「その他」を設けた。また、他者のコメントを読み、いいなと思ったコメントにつける共感スタンプを設けた。さらに、拡散的思考の段階でアイディアをたくさん出す動機付けになるように、数に応じてバージョンアップしていくような獲得スタンプを設けた。そして、最終的に仲間のコメントや自分のコメント、アイディアの中から、お気に入りを選び出して絞り込んでいく選択スタンプを設けて思考の収束を促すように設定した。
図5 機能別スタンプ一覧
次に、システムの各フェーズについて説明する。このシステムは5つのフェーズから成っている(図6)。第1フェーズは設問、第2フェーズは本文を理解するフェーズとなっている。両フェーズとも最初は個人で読み、次にそれを仲間で共有する流れとなっている。第3フェーズは設問に答えるためのアイディア出しのフェーズだ。ここでは、仲間とのコメントのやりとりはできないが、仲間が出しているアイディアを見ながら自分のアイディアを出していく。次に第4フェーズは、これまでの自分や仲間のアイディアやコメントから、お気に入りを選び出し、小論文を書いていく時の内容を整理するフェーズとなっている。最終的に第5フェーズで小論文を書く。ここは個人モードで、2つの設問に対してそれぞれ記述していく。
高校2年生を公募してこのシステムを使った実践を行った。参加者は実験群、統制群ともに24名であった。事前に400字程度の小論文を書いてもらい、その点数と、文章産出困難感に関する事前アンケートの結果をもとに2群に分けて実践を行った。
実践の手続きは次の通りである。実験群は3名1組でグループをつくって、SCSSを使いながら共同で課題文の読解を進めて行った。これと同じように統制群の方では、コンピューター上でPDFファイルのテキストを読んでコメントを書き入れたり、Wordで作成したアイディアシートに想起したアイディアを書き出していく作業を個人で行った。読解は両群ともに50分とした。その後、両群ともにこれまでの書き込みを消したテキストを提示し、構成メモをつくって小論文を書いてもらった。課題文は、実際に使用された大学入試問題で、映画監督の押井守氏の「自由の本質」に関わるエッセイの一部を使ったものである。設問は、「筆者が述べている自由の本質とはどういうことか、80字程度で説明せよ」という内容理解問題と、「あなたが考える自由な生き方について筆者の考え方を妥当だと考えるか否かをその根拠とともに明らかにしながら800字程度で論述せよ」という小論文作成問題の2題である。最後に、文章産出困難感に関する事後アンケートを行い、実験群に関してはSCSSのユーザビリティアンケートも行った。今日は、事前・事後アンケートとユーザビリティアンケートの結果をお伝えする。
ユーザビリティアンケートの結果をご紹介する。質問項目は全て7件法で聞き、1〜4点を否定的評価、5〜7点を肯定的評価として二項検定を実施した。まず、システム全体に関する項目、1.満足である、2.使いやすい、3.刺激的・革新的である、4.反応速度は十分であるについては、すべての項目で有意に肯定的評価をしていることがわかった。次にスタンプの機能について評価したところ、「スタンプがあることでコメント出しが促された」という項目に有意差が見られた。したがって、ソーシャルスタンプの機能が活動を促進したと考えられる。設問理解、本文理解、アイディア出しのフェーズの評価では、どのフェーズでも他者とアイディアをシェアする活動を肯定的に受け止めていることがわかった。また、拡散したアイディアを収束させる内容整理や、小論文を書くフェーズについても好評価を得られている。自由記述のコメントでは、「一緒にアイディアを出しあった子の意見を聞くことができて、小論文が書きやすくなった」「はじめは小論文を書くとか難しそうだなと思っていたが、たくさんのアイディアを見てやりやすかったし、楽しむことができた」「このようなシステムを学校でやったらとても良い勉強になりそうだと思った」という記述が見られ、数値データを支持する結果が得られた。また、「スタンプによって文章を書くことを促進された」「コメントをつけて逐一、それに返信をつけられるのはよかった」「小論文の考え方を学ぶツールとしては、非常に有効だと思う」と、好意的に受け止めていることがわかった。
文章作成困難感アンケートでは、32項目を7件法で聞き、事前と事後の得点を比較したところ、以下の項目で有意差が見られた。実験群では、「読み手の視点で文章を読み返す」「内容をイメージしやすいように書く」「上手く自分の気持ちを文章に表現する」「自分の考えを表す言葉をすぐに思いつく」といった項目で有意差が見られ、事前から事後にかけて困難感が軽減されていることがわかった。文章産出では、読み手意識を持つことが重要だと言われているが、仲間とアイディアをシェアする活動を通して読み手意識が促された可能性が考えられる。また、今回使用した課題は、実際の大学入試問題であり、高校2年生にはやや負荷の高い課題であった。しかし、「上手く自分の気持ちを文章に表現する」「自分の考えを表す言葉をすぐに思いつく」という項目も向上させており、仲間との活動を通して小論文を書くことへの自信を深めている様子が窺えた。一方、統制群は、「読み返した時に自分が書きたかったことが書けているかどうかわかる」の得点が有意に減少し、困難感が増加したことがわかった。個人での読解は、他者とアイディアをシェアすることができない。そのため、他者のアイディアからインスパイアされて異なる視点を得たり、他者との比較において、自分自身のアイディアに確信を持つことが難しい。それが、こうした結果に反映された可能性がある。
今回の小論文作成における読解のプロセスを支援する試みは、高校生に非常に好意的に受け止められた。ソーシャルスタンプを活用し、構造化されたチャットでアイディアをシェアする試みは、問題解決型の読みを促進し、書くことへの困難感を緩和させる可能性が示された。今後は産出された文章を比較し、両群の違いを明らかにしていきたい。
私からは3本目の研究として、ソーシャルメディアを利用したキャリア学習環境に関して説明したい。3年目の研究であり、1年目、2年目の結果を聞いている方もたくさんいると思うが、はじめての方もいらっしゃるので、一通り説明する。
このプロジェクトは、高校生と大学生社会人をFacebookでつなぎ、キャリア学習を支援するということを目的にしている。期間は2012年7月27日(土)〜8月11日(土)の2週間で行った。最初の年はTwitterを使って17名程度で行った。2年目はFacebookに切り替えて30名程度に増やした。今年はさらに増やして高校生を56名、サポーターを含めるとほぼ100名の体制で行っている。今年の一番大きい特徴は、今までは、プログラムの最初と最後に東大に来てもらって、自分が追求する課題を設定したり、成果発表をしたり、対面型学習とオンライン学習を組み合わせて行ってきた。これは、よくブレンド型学習と呼ばれるものだ。今年はほぼ半数の28名が、オンライン学習のみで参加している。一度も対面することなく、完全にオンライン学習だけ参加してもらった場合の学習の差異が、今年の研究の焦点である。
ボランティアサポーターの方は、Twitter、Facebook等で広報し、大学生、大学院生、社会人等の42名に高校生の学習支援に関してご協力をいただいた。高校生は、6つのグループに分かれ、各グループの仕切り役を大学院生のファシリテーターが務めた。
一般的にキャリア教育、キャリア学習では、既に教える内容があって、それを意識化させるという事例が多いように思うが、このプロジェクトは自分にとってどういう問題が大事なのかを突き詰めて考え、調べて、自分でまとめていく。50名弱の高校生のテーマの中から、代表的なものを選び出した。これ以外にもおもしろいものもたくさんある。例えば、経営学は経営する以外にどんなものに役に立つか、保育士になるための勉強と幼稚園教諭になるための勉強に違いはあるのかや、レスキューロボット開発者になるためにはどんなことが必要かなどだ。昨年のキャリアプラン、アカデミックプラン、ライフプランに加えて、今年は国際キャリアプランというコースを追加した。例えば、日本で学ぶことと比べて留学のメリットはあるのかなどだ。一人一人自分に対するキャリアのイメージは違うわけで、こだわっているテーマに対して、調べてもらい、それに関してまとめてもらおうというプロセスをとった。
プログラムは2週間で、次のような流れで学習を進めた。7月の最終週に自分のテーマコースを決めて、ブレンド型の人は東大に来校し、情報安全教育などのオリエンテーションを受け、ファシリテーターや仲間たちと相談しあいながら、調査のテーマを設定した。来校しないオンライン学習の人はその様子をUstreamで視聴してもらい、その後ファシリテーターが電話相談でフォローするというかたちで行った。その後1週間経ったくらいに、中間報告をFacebook上に出し、最終報告として来校する場合は、ポスターセッションをして自分が調べたことを発表した。オンラインの場合は自分でつくったスライドをアップロードすると同時に、携帯電話で自分がプレゼンしている風景を撮影し、その動画をFacebookに投稿してもらった。それを皆でみてコメントしあった(図7)。今日は、スペシャルゲストとして、実際に参加をした高校生の西島遥さんに熊本からおいでいただいた。
図7 プログラムの流れ
私は今日熊本県から来た。たまに「熊本県ってどこ?」って聞かれるが、九州の真ん中辺りを「ここかな」って指で抑えてみるとだいたい熊本県だ。
お父さんの友達に大学教授をしている人がいる。その人がFacebook上でSoclaを紹介していて、今回のプロジェクトの存在を知った。Soclaを知った時は知り合いが誰もいなくて、うまくコミュニケーションがとれるのかすごく不安だった。高校3年生の夏休みに参加することにも不安があった。受験勉強で大変な時に、2週間を投じることの重大性を考えたのだ。でもお父さんが自信を持って「これは将来のためプラスになるぞ」と言ってくれたので、参加することに決めた。
初日にオリエンテーションがあったが、来校できない参加者、オンライン参加者のためにUstream中継が行われた。しかし、学校の課外授業があって、中継に間に合わず、ただでさえ現地に出向くことができなかったので、とても不安になった。参加者全体を見ることができるFacebookページを見ると、もうたくさんの参加者が自己紹介の投稿を終えていて、盛り上がっているグループもちらほら見えた。その時に一言も会話に入っていけなかったので、すごく情けなかった。何日間か影の薄い参加者として、遠目からみんなの様子を見ていた。このまま友達もできないのかなと思っていた。Socla参加者のプロフィールを見たら、有名大学の学生さんもたくさんいて、普段の私の生活圏からかけ離れている人が多くて驚いた。でも最終的に、私は今回Facebook上で、高校生参加者の平均の10倍という数の発言をしたことで、すごくたくさんの方から名前も覚えていただいた。私自身のSoclaへの関わり方が変わったきっかけについて話したい。
発言ができるようになったのは、プロジェクト開始から何日間か過ぎた後だった。Soclaのテーマを考えるとき、自分の将来にひきつけて調査テーマを立てるようにとアドバイスをいただいたが、なかなか決まらなかった。調べたいことがなかったのではなく、調べたいことがありすぎたのだ。テーマの決定ができないことをファシリテーターの方に相談したところ、Facebookのウォールに自分の考えているテーマを全て書き出して、サポーターの方からアドバイスをいただこうという話になった。肩書きがすごい方がたくさんいる中で、自分の投稿を相手にしてくれるのか不安だったが、投稿してみたら、たくさんのサポーターの方からコメントをいただいて、すごく勇気づけられた。
私の関心は、主に海外にまつわることだったが、インドのこと、アジア圏でどうビジネスしていくかとか、日本の英語教育、医療関係とか、本当いろんなジャンルに広がっていた。サポーターの方々の分野にはまったく偏りがなく、どんなジャンルをあげても答えてくれる方が少なくとも1人はいた。Soclaに集まっている人たちのすごさを実感した。
テーマを絞るとき、将来の自分の道を見据えて考えてみようと言われた。その当時、私は英語の教師になって、日本の英語教育を変えたいと思っていた。日本の教育制度について以前から疑問があり、なんで日本の教育を誰も変えようとしないのか、変えようとしている人は存在するのに、変わらないだけなのか、どうしたら変わるのかを考えていた。Soclaの活動前までは、生徒に教える立場は教師だから、教師になれば、自分の理想としている教育に変えていけていけると思って、進学先を探すときに教育学部ばかりみていた。この相談をしたら、「教師じゃなく、文部科学省だったり、教育学者だったり、1人の教師では変えることができないことも変えられる立場の人間になるといい」というアドバイスを数多く受けて、「目指す場所は教師ではない」という発見があった。
今年の3月、高校を卒業した。大学受験して、英語系と医療系の大学2つに受かった。卒業式からの1ヶ月間、とても悩んだ。Soclaでは、目先の進路だけではなく、そこを卒業した後のことまで考えることを学んだ。受験が終わっても、相変わらず教師を動かす、日本の教育制度を変える人間になりたいという気持ちは変わらなかった。以前は全く考えていなかった大学院進学という選択肢も、Soclaで見つけることができたので、4年生大学を卒業したら、そのまま就職せずに、大学院に進学しようかと思っている。
合格発表後もSoclaで培った調査力を使い、大学で取得できる免許や、大学院に通うことのメリット、これからの未来を含めて進学先を選択することができた。もちろん活動自体は終わっていたが、その時もボランティアサポーター、Soclaでお世話になったたくさんの方々からアドバイスを貰えて、将来の自分にとってより良い選択ができたと思っている。
Soclaでは100名を越える参加者がいて、さまざまなジャンルの方と交流が持てた。
高3の夏休みというのは本当に大事な時期だが、受験勉強に打ち込む以上に実のある時間を過ごせた。もしこの夏、なにもアクションを起こさずに、田舎で受験勉強だけをしていたら、絶対巡り会わなかったであろう人たちとたくさん会えてつながりを持てた。
今年の夏の2週間は、受験勉強では得られなかった部分でたくさんの成長ができた。
とてもすばらしい報告を受けたので、補足をしながら、解説していきたい。このプロジェクトはFacebookを使っている。Facebookはもちろん友達とやりとりをするという使われ方が多い。にっしー(西島さん、以下にっしー)が学べたのは、ボランティアサポーターとつながったからだ。つまり、Facebook上は8億人も9億人も登録者がいて、潜在的にはいろいろな人とつながれる可能性があるにも関わらず、一般的には対面関係のある友達としかつながっていない。ものすごいポテンシャルを活かしきれていない。今回のように、高校生の学びを支援してもいいというボランティアサポーターの助けがあるからこそ、成長できる高校生がいる。それをどうやってつなげていくか、プラットフォームをどうデザインしていくかをポイントに考えた。
Soclaでは、Facebookの中で漠然と友達同士やりとりするのではなく、クローズドな会議室をいくつか準備して、それを重層的に重ねながらやりとりをするという仕組みをとっている。例えば、ボランティアサポーターとスタッフにしか見えないページがあって、スタッフは「にっしーがこんな書き込みをしたけれど、どう対応しようか」とやりとりをしながら、適切なコメント、ケアをしていく仕組みをとった(図8)。
先ほどにっしーからもあったように、何を聞いてもも返事がきたのは、もちろんサポーターの特性が多様だったというのもある。しかし、それでも追いきれないほど、高校生が抱えているキャリアの悩みは広くて深い。本当に一人一人全然違う。理屈ではわかっていたが、こんなに違うのかと本当に3年間で痛感した。ボランティアサポーターだけでは、十分な情報が集まらない場合もあった。その時は、Facebookという開かれたネットワークの特徴を利用して、一般に公開されたウォール上やTwitterで質問内容やアンケート拡散しながら、善意のある一般の方からも回答を収集した。例えば「出版書籍に関わる仕事に就職を目指すのには、理系の勉強はいらないのか」、「コミュニティデザイン・まちづくりに携わる仕事をするには何を学べばよいのか」、「学生の頃思い描いていたことを大人になって出来ている人はどれくらいいるのか」などある。本当にさまざまな方に協力をしてもらったおかげで、高校生たちがキャリアに関して十分に考える時間を持つことができた。
実際どういう人たちがどのくらい投稿しているのかを量的にまとめたものがある(図9)。
一番上のグラフは、参加者の投稿の総計だ。青が完全オンラインの高校生で、赤がブレンド型でオンラインと対面型の高校生であり紫がサポーター、水色がファシリテーターだ。だいたい4割くらいが高校生で、6割くらいをスタッフが書き込んでいるという構成になっている。昨年と逆転した結果となった。昨年は、高校生が6割、スタッフが4割だった。今年はにっしーのようにたくさん書き込んでくれる人もいたが、比較的高校生の書き込みは少なかった。サポーターが支えるようなかたちで、会話がなされていた。今後詳しい分析が必要だが、私たちが持っている仮説としては、コミュニティのサイズが大きくなったせいで、やりとりのスタイルが変わったと考えている。昨年はコミュニティの規模が小さかったのと、対面で全員会っていたこともあって、高校生がオンラインの上で書き込みやすい環境が整っていた。ところが今年は人数も増え、半分くらいがオンラインで参加をしているので、高校生は書き込みにくくなり、その分サポーターがフォローをしていたというのが読み取れる。
これは学習者の主観評価だが、一番下を見ていただくと、これからもSoclaのような学習をやってみたいと回答したのは、修了者42名中、39名いた(図10)。基本的には非常にポジティブに評価をしてもらっている。さらに、事前と事後で将来や進路決定に対する意識がどれくらい変化したのかも評価した。事前と事後で同じ質問項目に答えてもらっているが、例えば私の将来には希望が持てるという項目に対しては、事後の方が向上しているという結果が出ている。逆に、進路を決めるにあたっての不安感は減っている。また、にっしーもそのひとりだが、実際の進路が自分の希望と異なっていた場合、もう一度検討し直すことができるという、進路選択に関する自己効力感の向上もみられた。さらに根源的に、学習に対する態度や考え方の変化も見られた。例えば、わからないことがあったらもっと知りたい、人に聞いてみたいという項目も大きく変化していた。実際の進路決定に影響を与えているというよりは、学習態度や信念といった深いところに効果が及んでいることがわかる。
今年の焦点は、オンライン学習とブレンド型学習とがどのように違っていたのかということだ。興味深い結果となった。オンライン・ブレンド型それぞれの離脱率についてである。オンラインのみの離脱率は4割ぐらいだ。にっしーもつまずいたように、自分なりのテーマを立てるところでつまずく子が結構出てしまうので、4割くらい離脱した。4割というのは、一見ものすごい大きな数字のように見えるが、アメリカの初期のオンライン大学の離脱率は約40%なので、オンライン学習的には標準的な数字だ。ブレンド型の場合の離脱率は、10%以下なので、この点、オンラインとブレンド型は大きく違うといえる。ところが、学習した内容についてみてみると、オンラインの学習者もブレンド型に引けをとらずに、ほぼ同じ水準の学びをしていることがわかる。それぞれの事例を細かく見ていっても、残ったオンライン学習者はまったく対面型学習者と比べて学習の質が変わらなかった。オンラインでの学習は離脱率こそ上がるが、学習の質は下がる訳ではない。
まとめると、Facebookを使ってキャリアについて考えるプロジェクトは成功したといえる。進路や将来に対する態度が変容することも確認された。本日後半の講演の内容にもつながるが、今年のSoclaで明らかになった非常に重要なことは、オンライン学習のみでも学習は成立する、ただし離脱率については、どうアプローチしていくか、今後議論の焦点になっていくと思う。
BEATは9年間、ベネッセコーポレーションにご協力いただいて研究を続けてきた。まず9年間のまとめに入る前に、今話した3本の研究をまとめてみたい。私が紹介したのは、高校生と大学生・社会人をソーシャルメディアでつなぐキャリア学習環境の話だ。この研究では、将来への希望の増加とか進路感の深化などが見られ、この領域でソーシャルメディアを使うことが有効であると確認された。高橋・佐藤から報告のあった小論文の研究は、ソーシャルライティングのカテゴリーに入る。読んだり書いたりすることをソーシャルの環境で行うことで継続率が上がって、質の向上が見られることが明らかになった。それから、最初に藤本から報告があったソーシャルゲームを使った数学の学習プロジェクトは、楽しさと学習をどのように両立させるのかということに関して、プラットフォームという次元で、報告をした。以上の3つの研究をまとめると、この3年間で行ってきたのは学習者のつながりを付加価値に変える学習環境の研究開発である。オンラインでは既に数億人という人がいる中で、つながりを付加価値に変えて行くにはどうしたらいいかをこの3年間で研究をしていった。
BEATのプロジェクトに関わっていただいた過去のスタッフが今日は来ている。全員前に出てもらって適宜当時の担当者に振りながら、これまでの研究についてもご紹介していきたい。
山内:最初の3年間は、モバイル学習環境ユビキタス時代の学習モデルについて考えた。ウェラブルディスプレイ、今はGoogleグラスというかたちで現実化されているが、化石を持つと化石が語るといったような教材を開発した。また本格的なプロジェクト型研究の最初は、「おやこdeサイエンス」であった。「おやこdeサイエンス」「おやこde食育」といった「おやこdeシリーズ」は、当時のコーディネータであるベネッセコーポレーションの中野さんに紹介していただけたらと思う。
中野:第1期の最初からBEATに関わらせていただいた。第1期の「おやこdeサイエンス」「おやこde食育」は携帯電話をプラットフォームとした。子どもは携帯電話を参考書にして家庭で科学実験に取り組む。子どもの学習の様子は保護者の携帯電話にメールで送られ、保護者からの声かけや励ましを促進する。このようにして家庭内の対話を促進することにより、学びがどれだけ深まるかをテーマに扱った研究だ。「おやこdeサイエンス」は、子どもが実験をする様子を普段知ることの出来ない保護者に、メールでその学習の結果と、学んだ結果、その子がどういう気持ちになったのか送る。それを見た保護者が、子どもと「今日の実験はおもしろかったんだね」「ここがわからなかったんだね」と話をすることにより、子どもの理解が深められ、家族自体が子どもの学びを促進できるようになる状態を目指して実施した。そのような結果も実際得ることができた。こちらは小学生向けに行ったものだ。
山内:もう1つモバイルのプロジェクトとして「なりきりEnglish!」も行った。大学の役割は、5年先10年先のモデルを実際に試していって、そこでどういう課題と可能性があるかを研究的に確認するということにある。第2期では、今や当たり前となったが、当時まだ浸透していなかったモバイル端末をみんなが持つようになることを想定し、そこから集まってくる大量の学習履歴の情報に関して付加価値をつけるようなことができると考え、研究を行った。「学習ナビ」というプロジェクトだが、関わったおふたりにお話いただきたい。
松河:この「学習ナビ」は、1000人くらいのデータからモデルをつくって、勉強がよく出来る人はどういう学習方略を取っているのか、勉強方法を推薦するというシステムだ。
北村:単純にデータを分析するというだけでは、教育的に有用な情報になりにくいので、信号機とか道のメタファーを使った。データマイニングの活用がこの研究のポイントではあったが、むしろ重要だったのは、どのように情報を伝えて行くのかというデザインのところだった。
山内:それではこの続きで、第3期とのつながりのプロジェクトになる、Conomi+について山田さんよりお願いしたい。
山田:さきほどご紹介があった「なりきりEnglish!」の時からBEATのプロジェクトに関わることになった。Amazonなどで書籍を買われたことがある方もいると思うが、あの裏では、協調フィルタリングという推薦アルゴリズムが動いている。自分と興味・関心が類似している人のデータを使い、自分が見たことがないものに対する興味・関心の強さを予測し、興味・関心が強いものを推薦してくれる。Conomi+では、このアルゴリズムを使って、英語学習支援ができないか考えた。
しかし、英語教育的には、興味・関心が強いトピックばかり読んでいて良いのかというと、そうではない。やはり背景知識、自分が持っている知識をどんどん広げて行く方が英語能力の育成に有効だ。よってConomi+では、「あたらずとも遠からず」という興味の範囲でコンテンツを推薦するアルゴリズムを開発した。そしてそのアルゴリズムを適用した英語のニュースを推薦する英語学習支援システムを実装し、効果測定を行った。実際に従来のAmazonとかで使われている協調フィルタリングと比較したところ、読んでいるトピックが優位に広がることがわかり、語彙能力も上がることがわかった。
この研究は幸い、日本教育工学会の奨励賞を受賞した。今は海外へ成果を発信していくため、研究業績化をしている。OCWとかMOOCの話も今後あると思うが、これだけオンライン教材が広がって行く中で、「何をやればいいのだろう」「何を読めばいいのだろう」と路頭に迷う人が結構多いと思う。そういう人たちに向けて、こういったアルゴリズムを応用していけないかと思っている。
山内:本当であれば、一人一人思い出があるので、語っていただきたいところだが、時間もあるので、次に話を進めたい。第3期は学習者のつながりを付加価値に変えるという研究をしてきた。これで、最初にお話したように、オンライン学習プラットフォームの三種の神器が揃った。これを持って、これから始まる学習プラットフォームの世界に漕ぎ出したい。
同時に研究プロジェクトだけではなく、50回を越える公開研究会「BEATセミナー」を開催してきた。今回で52回を迎える。さまざまな方にゲスト、参加者としてご参加いただいた。またメルマガの「Beating」は、昨年度100号を突破し、購読者は3000名を超え、学習やテクノロジーに関する情報を集めて発信してきた。これらの情報は非常に貴重なので、BEAT終了にあたり、何とかまとめて欲しいというご要望をたくさんいただいた。現在、アーカイブページを鋭意制作中で、今回のセミナーレポートを加えて、情報学環・福武ホールのサイトの中にアーカイブし、ずっとこの情報を見ていただくことができるようにしたい。安藤忠雄さんは、絶対100年続く建築にすると言って福武ホールを造られたので、このホールがある限り、ウェブサイトも、そしてBEATのアーカイブページも残るだろう。
学術的成果もたくさん出た。BEATの研究プロジェクトに対する査読つき学術論文は19本にのぼる。うち、日本教育工学会賞を受賞したものもある。国際会議の発表は11回、その中にはアワードを受賞したものもある。国内での学会発表も23回行った。また書籍として『デジタル教材の教育学」という日本で唯一のデジタル教材に関する専門書を出版することもできた。ただなんといっても最大の資産は、この目の前に立っている人たちとのつながりだ。BEAT出身の研究者が全国に広がって、今後のデジタル教材の未来を支えていただけるとともに、ベネッセのコーディネータの方は、それを人々に届けるという役割を担っていただきたいと思っている。